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生命(いのち)を見つめるフォト&エッセイコンテスト

エッセー部門

第2回入賞作品 −中高生の部 最優秀賞

「ボランティア」

鈴木 涼太(16)静岡県

 僕は去年の夏、初めてボランティア活動に参加した。きっかけは友達に誘われたことだった。申し込み用紙に動機などを記入することになり、初めてボランティア活動について考えた。僕たちは特別養護老人ホームに4日間行くというボランティアを希望した。祖父母のこれからを考えて自分が何かできることがないかを学ぼうと考えた。特に一人の祖母は持病が悪化し入院中だったのでより強く感じた。祖母のためにボランティアの経験が生かせるといいな、祖母を少しでも助けてあげたいと思った。

 1日目、僕が担当したのは3階のフロアだ。建物は3階建てで施設の中で一番、介護を必要としている人たちが生活していた。まず驚いたことがある。それはエレベーターは暗証番号を入力しないと開かないようになっていたことだ。階段には鍵がかかっていた。これは利用者の方が、勝手に外に出ないように考えられているのだと教えられた。

 次に驚いたのは100才以上の方がたくさんいたことだ。100才といっても、とてもしっかりされている方もいた。全員車イスで生活されているが、リハビリも兼ねて食事の時使うおしぼりを巻く作業では102才のおばあさんがとても丁寧で上手だった。しわしわの手で器用にタオルを巻いていた。隣でうとうとしてしまっている人にも声を掛けたりしてすごいなと思った。この方はみかん農家の方だと本人から聞いた。

 真顔で全く同じ質問を3回も4回も聞いてくる方もいた。僕は戸惑ったけれど同じように聞かれる度に答えた。

 初日はとにかく驚くことばかりで、残りの3日間大丈夫かなと不安になったことを覚えている。

 2日目は、あるおばあさんに「昨日も三重から来た学生がいたよ」と言われ、それは僕のことなので少し訂正しようかと思ったが、こちらの話が入っていかないようなのでめておいた。

 施設ではいくつかの仕事もした。一つはコップにお茶を注ぎ配ることだ。3階には30人の方がいた。大体の方は「ありがとう」と声を掛けてくれた。僕の分のお茶が無いと心配してくれる方もいた。二つ目は、食事前にエプロンを着けてあげることだ。一つ着ける人、二つ着ける人、着けない人もいた。そしてエプロンを着ける時は、大きな声で「着けさせてね」と言ってからでないといけないことを知った。三つ目は掃除だ。食後に各テーブルの周りをほうきやモップで綺麗きれいにする。

 3日目は散髪の日だった。嫌がる方もいたが介護士さんが上手うまく説得していた。3日目になると利用者さんから話し掛けられることが増え、昔の話や孫やひ孫の話をしてくれた。孫の家族が面会に来ていたおばあさんはとてもうれしそうだった。

 最終日は入浴の日で僕は髪の毛をドライヤーで乾かしたり、靴下をはかせたりした。「兄ちゃん、悪いね」などと言ってくれる人もいた。入浴を嫌がって大声で「助けて」と叫んでいる人もいた。数人の介護士さんで説得していた。

 ボランティアの4日間は、今思うとあっという間だった。多くのことを学んだと思うが一番僕が感じたことは身体が不自由になったり認知症が進んでしまっても、人それぞれ感情があり、大切にされるべきだということだ。これは家族だからということではなく家族でなくてもだ。

 短い時間だったが介護の仕事は思った以上に大変だった。子供のような行動をする人、わがままを言う人も多い。その人達を介護士さんは決して怒らず、笑いながら楽しい方に持っていく。大変な仕事だがこれからもっと必要とされる仕事だろうと感じた。

 ボランティアから1年ち細かい事は記録したものから思い出したが、施設にいた方の顔は今でも時々思い出す。

 入院中だった祖母にはボランティアの話をし、祖母は「貴重な経験をしたね」と言ってくれた。だが祖母は12月に容態が急変し亡くなってしまった。ボランティアの経験を生かして何かしてあげることはできなかったけれど、祖母とはたくさんの話をし手を取って歩くことはできた。今いる二人の祖父母にも同じ気持ちで接していきたいと強く思う。

(敬称略・年齢、学年などは2019年2月16日時点)
(注)入賞作品を無断で使用したり、転用したり、個人、家庭での読書以外の目的で複写することは法律で禁じられています。

過去の作品
  1. 2018年 第1回

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