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生命(いのち)を見つめるフォト&エッセイコンテスト

エッセー部門

第1回入賞作品 −一般の部 入選

「あなたには、時間がない」

平井 真帆(44)埼玉県

 医者と病院が大嫌いで「健康だけが取り柄」と慢心し、がん検診から遠ざかっていた私。結果、41歳で非常に進行した乳がんになってしまいました。約2年前のことです。

 しこりを発見し、病院に行った時には、わきの下のリンパにも転移があることがわかりました。「初期ではない」ことを確信した私は、詳しく検査をすることも治療をすることも、怖くて怖くて仕方がなく「がんは治療しなくてよい」「がんは自分で治せる」などと主張する本ばかり読みあさり、1年半余りの間、食事療法や気功治療などの、あやしげな闘病≠、一人で続けていました。

 「元気になってきている! 良くなってきている!」と信じていましたが、昨年末ごろ、異変を感じるようになりました。階段を上ると息が切れて仕方がないのです。「おかしい…、貧血かな、それとも自律神経でも乱れているのだろうか」と首をかしげていましたが、息切れはひどくなる一方。とうとう横になってじっとしている間も、息苦しさを覚えるほどになりました。ある方に相談すると「肺に水がまっているのではないか。一刻も早く大きな病院に行ったほうがいい」と、指摘を受けました。

 胸水! 私は青ざめました。「主治医」と呼べる医師を持たず、孤独に闘ってきた私は、恐れおののき、慌てふためいて病院を探し始めました。7〜8件は電話をしたでしょうか。その中の、1件のクリニックの、院長先生の一言が、私の運命を変えました。

 先生は電話口で「今日、いらっしゃい。とにかく今日、来なさい!」と、しきりにおっしゃいます。「え、今日ですか?今日は仕事があるんですが…。まだ詳しく検査もしてないし…」。ぐずぐずと決断できない私に、押し問答の末、先生は穏やかな口調で、しかしはっきりと、言いました。

 「あなたには、時間がないよ」

 !

 私は、その一言で、瞬時に全てを理解しました。ワタシニハ、ジカンガナイ。そう、私には、もう時間がない。残された人生の!時間が! もう治療法を迷っている時期など、とうに過ぎてしまっており、自分が、すでに今、崖っぷちに立たされ、断崖絶壁を見下ろしていることに、私はその一言で、ようやく気がついたのです。

 「わかりました。今日、お伺いいたします」。そう言って電話を切った時には、私は全てを決心していました。この先生の治療を受けよう、この治療法しかない。この先生にお願いしよう。もう迷っているひまはない。

 初めて全身の検査をしました。「ちょっと息が切れるだけ」と思っていた私の右肺には、6リットルもの水が溜まっており、骨や全身のリンパにも、無数の転移があることもわかりました。一刻の猶予もない状態でした。

 「くるところまで、来てしまった」

 絶望でいっぱいで途方に暮れ、涙も出ない私に、先生は、確信に満ちた、しかし優しく慈悲深い声でおっしゃいました。「決して遅くないよ。これから大変なこと、いろいろあるかもしれないけど、頑張ろう」

 「決して遅くない」。先生の言葉だけを胸に抱き、それからの「いろいろ大変な」治療を耐え、それらが功を奏し、今年6月、私は乳房全摘手術を受けることができました。

 ここまでの道のりで、いったい何人の先生方に、お世話になったことでしょう。主治医をはじめ、溜まった水を抜いてくださった若くお美しい女医先生、形成外科チームの先生方、緩和ケアの先生、そのほか大勢の看護師さんたち…。

 不思議なことに、その中の誰一人として「なぜここまで放っておいたのか」と、私を責める方はいなかった。ただ目の前で苦しみ、絶望し、助けを求めている情けない私を、大勢の医師らが必死で手を差し伸べ、死神から私の命を、奪い返してくださいました。

 今までの人生で意味もなく医者≠毛嫌いしていた私は、今とても困惑しています。なぜ、見ず知らずの私を、まるで我が子のごとく守ってくださるのか。それが、医師としての「本能」とでも言うべきものなのでしょうか。だとしたら、医師とは、何と尊い職業でしょう。こんなにも人に献身する職業が、他にあるでしょうか。

 まだまだ「がんが治った」とはとても言えませんが、一命を助けていただき、どこも痛くなく、何も苦しくない、夢のような日々を過ごせています。私は、なんとお礼を述べてよいか、どうやって恩を返したらよいのか、途方に暮れています。

 「あの子に、もう一度命をあげて、よかった」。そんなふうに、先生方に思っていただくためには、どう生きたらいいのか、模索する毎日です。

 先生方、本当にありがとうございます。心から感謝しています。そして、大好きです。

(敬称略・年齢、学年などは2018年2月14日時点)
(注)入賞作品を無断で使用したり、転用したり、個人、家庭での読書以外の目的で複写することは法律で禁じられています。

主催:日本医師会、読売新聞社  後援:厚生労働省
協賛:東京海上日動火災保険株式会社、東京海上日動あんしん生命保険株式会社

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