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《こけし》の引っ越し
水沢 勉 神奈川県立近代美術館長
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イサム・ノグチ《こけし》1951年 万成石

 葉山館の中庭で彫刻たちのつぶやきに耳を澄ましてみる。

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 わたしたちふたりは、ぶじに葉山に引っ越しをいたしました。

 考えてみればずいぶん長いこと鎌倉にいたことになります。あの場所で半世紀以上のときが流れたのです・・・

 あれは、1952年の秋だったでしょうか、その頃、わたしたちはある石屋さんに仮住まいしておりました。最初の居場所がうまく手配が調わず、結局、生まれた場所を離れずにいたのです。生みの親はイサム・ノグチという名前の彫刻家でした。前年の1951年が誕生の年です。

 わたしたちは、かれの最初で最後の結婚の記念として誕生したのです。まさしく「夫婦(めおと)」のこけし、だったのです。石は、その頃、まだイサムさんは愛用というほどには使っていなかった岡山産の万成石。御影石のひとつですが、独特の人肌の温もりを感じさせる赤みを微かに帯びたそれは美しい石です。

 仮設置のような按配でイサムさんの神奈川県立近代美術館での個展の際に美術館の中庭に飾られました。それから土門拳さんというとても有名な写真家に撮影していただき、瀧口修造さんという評論家のひとにも論じていただき、老舗の美術書の出版社が刊行した作品集のページでも紹介され、徐々にですが、知られるようになってゆきました。

 1991年に鎌倉の美術館が改修されたときに、イサムさんの一番弟子の和泉正敏さんに新しく台座をデザインしていただき、中庭に南面するように設置しなおされたのです。やっと落ち着いたというのでしょうか、この場所で、じつに多くのひとたちに愛されました。恋人たちの記念撮影のお伴をし、たくさんの子供たちがはしゃぎながら撫でてくれました……いつでもそこには微笑みがありました。

 わたしたちは密かにここを終の棲家と思いさだめていたのです。

 しかし、運命のいたずらというのでしょうか、2016年夏に、葉山の美術館の中庭にふたりで引っ越しをいたしました。棲家である鎌倉の近代美術館が閉じてしまったのです。

 住みなれた場所を離れるのはまことに寂しく、辛くもあったのですが、いまは葉山の、この海をそばに感じ、潮騒の響きに包まれる環境のなかにおります。ときおり頭上をトビが緑深い三ケ丘の巣から甲高く啼きながら飛んできます。

 この特別な光と風。ここの暮らしも悪くないかなと思っている今日この頃のわたしたちなのです。

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山口牧生《棒状の石あるいはCosmic Nucleus》1976年 黒御影石

 2016年3月末日をもって神奈川県立近代美術館の鎌倉館は、その67年の歴史に終止符を打って閉館した。イサム・ノグチをはじめ、9点の野外彫刻が、鎌倉館から葉山館に引っ越しをして、新しい歴史を刻みはじめた。また、それとは別に、1984年開館の鎌倉別館も空調などの改修のためにしばらく閉館する予定となっている。

 片付けや始末をつけることは不得手なタイプのわたしには、戸惑うことが多い局面がこの数年少なくなかった。とはいえあまりスマートに対処したくなかった。「こけし」たちに済まないという気持ちもある。美術館が、建物として残っても、前の美術館そのままではないということは、簡単にやりすごしてはいけない凸凹状態の、どこかいびつなザラザラとした「現実」なのだ。

美連協ニュース137号(2018年2月号)より転載(※役職は掲載時)



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