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美術館新時代
中川 美彩緒 富山県水墨美術館長
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富山県水墨美術館 中庭から見る外観 桜の頃

 富山県水墨美術館へ来館された方は、入口からロビーに足を踏み入れた途端、ガラス張りの廊下の向こうに広がる庭園の景色に見入ります。長い廊下を展示室に向かってゆっくりと歩を進めていくと、近景は広々と広がる芝生に立つ1本の枝垂桜、中景は小高い土手の桜並木、遠景に街並みと広い空を眺め、運が良ければ遠くに立山連峰が望めます。この景色によってまずは日常の騒音と雑念をリセットしてもらい、美術と語らう時間を迎えていただきたいのです。庭園は四季折々と天候で風情を変え、その時々に楽しめますが、一番人気は、やはり桜が咲く頃でしょうか。

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富山県水墨美術館 中庭の眺め 2018年2月

 私は冬の美術館が一番心落ち着きます。今冬の北陸地方は大雪に見舞われ、2月上旬、福井県に襲来した寒波は富山にも及び、勘弁してくれと恨めしく空を見上げました。朝夕の雪対策と雑事で疲れ、来館者の少ない廊下に出て庭をぼんやり眺め、明日は大雪で臨時休館にすべきだろうか、などと考えている間にもどんどん降り積もる雪。何もかもを白く覆い尽くし、ひたすら静か。やがて清らかな境地(諦めの?)へと落ちていくような感覚が訪れるのです。

 ところがひと月もしないうちに雪は消え、気が付けば桜の花芽が膨らんでいます。日差しは眩しさを増し、啓蟄の頃には虫だけではなく人々も動き出し、美術館は賑やかさを取り戻します。

 さて、ここ数年の間に、富山は大きな変化を遂げました。北陸新幹線が3年前に開業し、その前後に市街地や文化施設の開発整備が進んだからです。富山市中心部に新たな美術館が立て続けに開館し(富山市ガラス美術館、刀剣を中心とする森記念秋水美術館など)、私が昭和56年の開館時から長く勤務した富山県立近代美術館は新築移転して「富山県美術館」として昨年8月に全面開館。既存の美術館や博物館も、県外・海外からの来訪者に照準を合わせ充実を図っています。まさに富山は“美術館新時代”を迎えたといっても過言ではないでしょう。

 とはいえ、出来立ての富山県美術館を除けば、各館の観覧者が大幅に増加したわけではありません。むしろ美術展の入場者数は全国的に伸び悩んでおり、当館も同様です。個性的な美術館が数多くできれば多様な展覧会が開かれ、人々は限られた時間の中で、より質が高く、より見たい展覧会を選んで訪れます。何とも厳しい美術館新時代の幕明けです。

 「この景色がこの館の一番のごちそうだね。」と、来館者に庭園を褒めていただくと、スタッフの日々の努力を知るだけに、嬉しい思いがします。半面、学芸員としては展示だと言わせたい口惜しさもあります。

 水墨美術館に勤務して8年、ようやく日本美術の良さ、伝えるべき価値を肌で感じるようになってきました。置き去りにしてきた日本人の豊かな感性を、展示や普及活動を通して一人でも多くの方と共有できる美術館でありたいと思います。当館は、他館と比べると来館者の年齢層は高めで、リピーター率が高いのが特徴です。近代美術館勤務時代には、若い世代への教育普及活動を実践してきましたが、今後は当館に最も多く来てくださる世代の方々のためにも、その経験を生かした取組みを始めてみたいと考えています。

美連協ニュース138号(2018年5月号)より転載(※役職は掲載時)



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