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至高の落語・よみらくご特集紙面

2015/1月号 2014/1月号
子ほめ、牛ほめ、演者ほめ ~~よみらくご流・出演者紹介

春風亭一之輔を褒める

  • 2016/1/14

 2001年の入門以来、一之輔にはずっと注目してきた。彼は僕のことをさほど知らないだろうが。僕にとっては長い付き合いの噺家なのである。

 彼の入門の年、僕は初めての落語本を出版すべく、土日や夜中にコソコソと原稿を書いていた。

 その年の正月に心筋梗塞で病院に担ぎ込まれバイパス手術をして3か月会社を休むという災難になった僕は、入社以来初めて、会社から優しい扱いを受けることになった。

 「土日は休め。平日もできる限り早く帰れ」

 入社後半年間休みをくれなかった会社としては、出血大サービスだろう。僕は喜んで特別扱いを受け入れ、土日と平日の夜を、療養ではなく執筆にあてたのである。

 そうやって書きあげたが『新宿末広亭『春夏秋冬』定点観測』(アスペクト刊)である。末広亭の1年間73興行を全部見てレポートするという、ドン・キホーテのようなホラ企画だが、僕は現役落語家の高座をほとんど網羅したことに満足していた。ところが、その執筆中にとんでもない俊英が、ちゃっかり一朝門下に入っていたのである。

 前座の朝佐久時代から目立っていた。あれよあれよという間に、ほとんどの有力ホール落語の楽屋で前座として働き出したのである。仕事ができなければ、名だたる落語会から声が掛かるわけがない。そして、開口一番の高座は、前座というにはうますぎた。噺の基本をはずさず、きっちりやってわらい所ではちゃんと笑いを取っている。高座姿はクールで、不思議な貫禄があった。楽屋内では「偉そうな前座」で通っていたが、仲間たちの本心は「憎らしい前座」だったのではないか。

 前座時代にどんなに忙しくても、二ツ目になると仕事が減る。だが一之輔は、二ツ目になっても忙しかった。もちろんすぐに売れるはずもなく、一之輔は自分で仕事場を作っていたのである。めったやたらに勉強会を作り、手当たり次第にネタおろしをする。それが評判になり、瞬く間に本物の売れっ子になってしまった。

 そして、2012年の「21人抜きの真打昇進」である。それについてはあちこちで書いているので、もう書くことがない。そうだ、東京かわら版の「今月のお言葉」の一之輔の巻を書いたとき、欄外に書いた五明楼玉の輔くすぐりを思い出した。

 「一之輔の真打披露の時、林家木久蔵は抜かれた21人の中に自分が入っているかどういか、数えてみたらしい。一応真打なのに」

 かくて一之輔は当代きっての若手人気者になった。「よみらくご」でおなじみの大手町よみうりホールでも、画期的な独演会を開いている。五年計画で、一年目に「一夜」、二年目が「二夜」と数を増やし、クライマックスの五年目には「一之輔五夜」という五日連続独演会をぶちかますというのだ。昨年の「二夜」では「三軒長屋」と「百年目」を初演して、伸び盛りの腕前を披露した。五年先が楽しみというより、オソロシイではないか。

 「一之輔一夜」のパンフレットに、僕はこんな事を書いた。

 「僕らは足し算で進むが、彼はかけ算だ」

 賢明なる読者の皆様、かけ算の一之輔に置いて行かれないように、まず「よみらくご」夜の部の「六十分長講スペシャル」を見ようではござらぬか。

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