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マティスとピカソ
生涯のライバルとして競うように作品を制作したアンリ・マティス(1869-1954)とパブロ・ピカソ(1881-1973)は、1906年、アメリカ人作家ガートルード・スタインのアパルトマンで出会った。彼らの作品を買い求めた彼女をきっかけとし、2人は翌年から互いの作品を交換しあうようになった。
1941年のインタビューでマティスは 「私が、もし今やっているようなことをやっていなければ、ピカソのように描きたいと思う 」と答え、ピカソは 「私ほどマティスの作品を注意深く見てきた者はいないし、彼ほど私の作品を注意深く見てきた者はいない 」と晩年に語っている。
互いの家を行ったり来たりするほど仲がよかった時期もある二人だが、必ずしも生涯を通じて常に互いの作品について最大の理解者であったというわけではない。ただ、マティスが互いのことを「北極と南極のように違う」と評したように、二人とも相反するところがあるものの、相手の作品を強く意識し反応せざるを得ない刺激的なライバルと感じていたのだろう。そのことを示すように、 「オレだったらこうやる 」といった相手の先を行こうとする挑発性がみなぎる、驚くほど近似した作品が両者には存在するのである。
ピカソ展と見比べてみては...
パリ・国立ピカソ美術館所蔵「ピカソ展−躰[からだ]とエロス−」
12月12日〔日〕まで東京都現代美術館で開催中
http://www.p-forme.jp/
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