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思い出の展覧会
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光の狩人 森山大道1965 - 2003
肌に突き刺さる400点の写真群
蔦谷典子 島根県立美術館学芸グループ課長
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 2003年3月1日、展覧会初日。一ケ月前には、東京からの航空便は満席となっており、その日羽田空港管制塔のコンピューターの誤作動で一機飛ばなかったにも関わらず、森山大道講演会場は定員を遥かに超える人々で埋まった。

 「光の狩人 森山大道1965 - 2003」展の準備は、その8年前1995年に遡る。島根県立美術館準備室設立と同時に、写真部門の重点収集作家として、島根県ゆかりの森山大道の作品収集と展覧会準備に取り掛かった。はじめて森山さんの仕事場を訪ねた時、慣れた手つきで勧めて下さった湯呑を手にしたときの温かさと、行き届いたお茶の味が、今も昨日のことのように思い出される。

 展覧会準備では、写真雑誌掲載記事を徹底して収集すること、散在する未整理のコレクションを探し記録し整理していくことによって、神話に彩られた写真家・森山大道の足取りをつぶさに検証しようとした。写真家は新しい写真に挑戦するのが仕事、過去の仕事の整理に煩わせては申し訳ないと、自力で出来る限りは進めてみたものの、限界があり、最後の半年の追い込みでは、全面的に森山さんのバックアップを受けた。1974年の展覧会以来、人目に触れることのなかったシルクスクリーンの大作《ハーレー・ダヴイッドソン》シリーズが、当時のままの姿で、あるいはまた押入の扉となって現れた。展示できる状態に整えて、なんとか展覧会に間に合った。

 60年代末から70年代初頭は、3年区切りで1章とし、全6章で構成した。各時代の感性を重視したいと考え、ヴィンテージ・プリントにこだわり、また森山自身が当時書いた文章を集め、徹底して時系列でその変化を辿ろうとした。膨大な写真群の集荷・撮影・マット装と並行して、連日連夜の図録執筆・編集を終え、ようやく開幕にこぎ着けたとき、森山大道の写真約400点、写真集など資料約100点のぎっしり詰まった展示室に立つと、恐ろしいまでの迫力で、その写真群は肌に突き刺さってきた。そのプリントの集積の放つ膨大なエネルギーの渦に呑み込まれそうな気がして、あらためて森山大道という写真家の底知れぬ凄みに圧倒された。

 開幕前日、奇跡的に間に合ったという感が否めない、あまりの準備の余裕のなさに心配そうに美術館を訪れた森山さんが、展覧会にも、図録にも満足してくださったときには、すべての苦労が報われた気がした。コレクション展示室では、「VIVOの時代」展も併せて準備した。東松照明さんも長崎からオープニングに駆けつけてくださった。この展覧会の準備を通して多くの方々にお世話になり、心から感謝申し上げたい。ひとりの作家と向き合うそのシビアさを実感した展覧会であった。

美連協ニュース94号(2007年5月)から転載(※役職は掲載時)



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