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「秦の始皇帝とその時代展」
破天荒 現代中国アーティストの企て
勅使河原純 世田谷美術館事業部長
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左「盗墓」制作中の蔡国強氏 右「鎧をつけた兵士傭(鎧甲武士傭)」(同展カタログから)

「桑の葉っぱ、刻むの下手だね」

年配のお客様から声がかかる。

「まだ、やり慣れないものですから」

頭を掻きながら答えはしたものの、心中穏やかでない。私は思わず「もう嫌だ」と叫びそうになった。

1994年、世田谷美術館は「秦の始皇帝とその時代展」(9月17日〜11月20日)を開催した。しかし、発掘品をただ中国から運んでくるだけでは能がない。これをいまの日本に結びつける、何かうまい方法はないだろうか。みんなで首をひねった結果、現代中国のアーティスト蔡国強氏に、秦の始皇帝がらみの作品をつくってもらおうということになった。

一抹の不安はあるものの、善は急げである。要請を受けて作家が美術館へやってくる。紙の上で火薬を爆発させてつくった龍の図(≪延長ドローイング≫)を、会場にうねうねと並べたいという。つづいて講堂に何枚もの半透明のカーテンを下げ、その奥で始皇帝に扮した役者がドラを叩いて破顔一笑するという。「不老不死薬」の幽玄な舞台である。

来館者はお香が焚きしめられた暗い部屋で、カーテンの彼方から響いてくる不気味な声を聴きながら、抹茶をいただくという。なかなかに凝った趣向である。課題はあるものの実現不可能ではないだろう。だがアーティストの思いは、さらに軽やかに飛翔していった。

企画展示室とレストランを結ぶ回廊に目をとめ、ここに「神獣たちを放ちたい」とサラリという。古代中国の神ならぬ、生きた動物を並べるのだという。つまり虎とキリンと大蛇をそこで一か月半ほど飼いたいらしい。私は思わず力を込めて「ここは動物園ではありません」といった。世話は一体誰がやるのだ。大蛇は生き餌しか食べないというではないか。逃げたらどうする。不安がとめどなく襲いかかってくる。

さすがに作家も、このプランには固執しなかった。そのかわりギャラリーのなかで生きた蚕を飼い、見事な繭を吐かせて、シルクロードを髣髴(ほうふつ)させるのだという。その日から、学芸員と蚕の死闘がはじまった。誕生したばかりの幼蚕には、新鮮な桑の葉を数時間おきに与えねばならない。だが世田谷に桑畑はない。おまけに女性学芸員たちは、揃いも揃って大の虫嫌いであった。

そうこうするうち作家はショベルカーをもってきて、美術館のどてっ腹に大きな穴を開けはじめる。宝物が展示されたメインギャラリーの地中深くに、時限爆弾を仕掛けるという。「盗墓」プロジェクトのはじまりである。トンネルが建物の下にどんどん延びていく。私も恐る恐るなかに入ってみた。

あわやダイナマイト爆発かと思われたその瞬間、すべては皇帝の夢と判明したのである。なるほど中国二千年のイベントは奥が深い。

美連協ニュース89号(2006年2月)から転載 (※役職は掲載時)



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