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思い出の展覧会
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“企業と美術”シリーズのこと
「暮しと美術と髙島屋−世田美が、百貨店のフタを開けてみた。」
「竹中工務店400年の夢−時をきざむ建築の文化史−」
橋本善八 世田谷美術館 学芸部長 
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「暮しと美術と髙島屋」会場風景 撮影:檜山泰弘

 当館の酒井忠康館長発案による“企業と美術”というテーマに基づく最初の展覧会は、「福原信三と美術と資生堂」(2007)だった。次いで「暮しと美術と髙島屋」(2013)、そして「東宝スタジオ展」(2015)、「竹中工務店400年の夢」(2016)と続く。

 このシリーズの立ち上げに際しては、公的施設が民間企業とタッグを組むことへの危惧、あるいは美術館が、異なるモノサシをもつ企業と相互理解を成立させられるかという心配もあった。しかし、それらの多くは杞憂に過ぎなかった。

 現実には各企業の皆さんとは、展覧会の充実をはかるために積極的な交流を果たすことができ、それぞれの風土を理解し合える関係を構築することができた。これは担当者として奔走した私自身が得た、幸福な満足感をともなう素直な感想である。

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「竹中工務店400年の夢」会場風景 撮影:古川泰造

 なかでも印象深く思えるのは、私が直接担当した「暮しと美術と髙島屋」と「竹中工務店400年の夢」である。いうまでもなく髙島屋も竹中工務店も、ともに日本を代表する企業であり、変化をし続ける社会のなかで、厖大な実績を積み重ねてきた。そうした企業の先端にある皆さんと、美術館の一学芸員である私が向き合うことに、不安を抱かなかったといえば嘘になる。ただ、皆さんと顔を合わせ、時に一献を傾けるうちに、それぞれが自社の歴史、加えて社会的存在意義を明確に意識し、それを重んじ続けていることを実感するにいたると、展覧会の構成について挑戦しがいのあるイメージをふくらませることができたし、大風呂敷を広げてしまおうという勇気も生じた。それは学芸員として、かつて味わうことのなかった独特な手応えだった。

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「暮しと美術と髙島屋」限定メニュー「おとなのお子様ランチ」
レストランにて提供

 「暮しと美術と髙島屋」では、「世田美が、百貨店のフタを開けてみた。」というサブタイトルを付した。呉服商を発祥として、日本人の生活文化の伴走者であった髙島屋が、時代を先読みしつつも浮世離れしない距離感を消費者とのあいだに保ち続けたことから生み出された、衣食住にまつわる成果や、数多くの美術家たちとの交流の歴史は、私が想像していた以上に多彩な要素が混淆した文化の沃野だった。この展覧会で私は、百貨店の店舗という限定的な場を越えて、髙島屋が手がけた建築意匠、船舶の内装、出版事業などにまで触手をのばした。そしてポスターなどの広告媒体の歴史を遡行することで、日本のグラフィックや印刷技術の変遷を紹介することへと展開をはかった。「竹中工務店400年の夢」では、編年体で竹中工務店の仕事を語るのではなく、人々の出会いや労働、また暮らしといった8つの言葉で建物を分類し、それぞれの“かたち”の移ろいを示し、そこに日本の近代化、人々の暮らしの変遷を重ね合わせる構成を試みた。

 “企業と美術”シリーズは、美術館がこれまでに取り組んできた領域を越え、企業活動というレンズを通じて、多様な文化の周縁事項に気づき、それらが社会全体のなかで創造の一翼をなすこと、そして、それらが大いに暮らしと直結した、広義の意味での文化であることを語ろうとするものだった。さて、そして次の一手は、ということになるのだが・・・。

「暮しと美術と髙島屋−世田美が、百貨店のフタを開けてみた。」
会期:2013年4月20日(土)〜6月23日(日)  世田谷美術館

「竹中工務店400年の夢−時をきざむ建築の文化史−」
会期:2016年4月23日(土)〜6月19日(日)  世田谷美術館

美連協ニュース135号(2017年8月号)から転載(※役職は掲載時)



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