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思い出の展覧会
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宇治山哲平展−−絵に遊び、絵に憩う
中原淳行 東京都美術館事業係長
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「宇治山哲平展」展示風景 東京都庭園美術館2F殿下寝室(第9展示室)

 画家や彫刻家のアトリエが好きである。創造の現場に漂う、何かが音もなく脈動しているような雰囲気に惹かれる。ブランクーシやベーコンのアトリエは忠実に再現されていて興味深いものだが、主がいた時にあったろう「霊気」は完全に失われているように思われる。つくり手の生前と変わらぬ、アトリエのエッセンスが残ることは不可能なのだろうか?

 展示の要素へと連なるアトリエの魅力について考えたのは、東京都庭園美術館での「宇治山哲平展」においてだった。これは、日本の近代美術を対象に、展示によって作家像の再考を促せるようなものを、という企画枠に対する提案だった。

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「宇治山哲平展」カタログ

  宇治山哲平(1910〜1986)の作品は、〇△◇といったかたちと鮮やかな色彩に、水晶の粉末を油彩絵具に練り込んだ、印刷では決して伝わらない、精緻を極めた絵肌が大きな特徴である。昭和8年に竣工した旧宮家の邸宅を用いた展示空間は、ホワイトキューブにはない独特の落ち着きがあり、邸宅美術館ならではの環境で、宇治山の絵を整然と並べてみたい。そんな思いが立案の発端だった。

 大分県別府市荘園町にあった画家のアトリエ(今はもうない)は、彼自らの設計によるもので、調査の折に訪問がかなった。小さな聖堂のように簡素な画室に、生前を偲ばせるものは、ほとんど残っていなかった。イーゼルと二脚の椅子、未完成の作品が一点、無造作に立てかけてあるだけ。トレードマークであった水晶末も見ることは叶わなかった。

 だが、窓から差し込む光は信じられないような清澄さをたたえ、主亡き後にさえ「特別な場所」を思わせる凛とした佇まいに、驚きを禁じ得なかった。不意に宇治山が現れ、制作が始められても不思議でないような、張りつめた雰囲気が漂っていたのである。その瞬間、宇治山が慣れ親しんだ「宇宙」を捉えることなく、展覧会は成り立たないだろうと強く思った。

 つくり手が長い時間をかけ、自らの質を浸透させる唯一無二の場所がアトリエである。没後18年を経た状況で、私自身が感じ得た「空気」を伝えず、作家像の再考を促すことなど叶わぬにちがいない。実際に「緊迫した静謐」を制作の場に求め続けた人の、その静謐こそ、展示に不可欠な要素ではないのか――。宇治山は遺言でアトリエの公開を表明していたのだ。

 展覧会の準備では、ご遺族、大分県立芸術会館をはじめとする関係者各位に多大なご支援をいただいた。自然光の入る最上階の「ウィンターガーデン」で前述の未完の作品を公開できたことは忘れられない。

 病気療養から間もない松岡正剛氏に図録への執筆をご快諾いただき、桜吹雪の舞う会期終盤、ご講演をいただけたことも、心のなかに残りつづけている。

会期:2006年2月4日(土)〜4月9日(日)東京都庭園美術館

美連協ニュース131号(2016年8月号)から転載(※役職は掲載時)



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