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思い出の展覧会
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第1回府中ビエンナーレ ダブル・リアリティ
−両義的な空間とイリュージョンの7人
山村仁志 府中市美術館副館長
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The Making of “Double Reality”−展示作業風景から
(2002 年11月7日〜14日)

 本展は、隔年で将来性ある若手作家を発掘、育成、紹介していくシリーズの第1回として開催された。府中市美術館開館3年目に、満を持して開催した現代美術展だった。方針としては、(1)40歳以下の若手作家で、(2)出品作家の約半数は多摩地域にゆかりある作家を選出し、(3)一定のテーマを設けて企画する、というものである。武蔵野美術大学、多摩美術大学、そして東京造形大学などがある多摩地域の美術館に相応しい企画として、ビエンナーレには思い入れがあった。府中市が位置する東京西部いわゆる多摩地域は、若い作家や写真家、デザイナーが数多く在住し、新しい文化を生み、それを育てていく素地がある。それだけに、開催に至ったことはとっても嬉しかったし、思い出深い展覧会である。

 企画趣旨そのものは、オーソドックス、平凡と言ってもいいものである。開館以来府中市美術館が取り組んできた「公開制作」は他館では例がなく試行錯誤の連続で、担当学芸員3人が形式も含めて手探りで進めてきた。対して、現代美術のビエンナーレはさほど珍しいものではない。しかし、それまで美術館がなかった府中市では、そもそも「ビエンナーレ」という聞きなれない言葉の説明から始める必要があった。予算づくり、テーマの決定、作家の選定、学芸課内部での合意形成、個々の作家との打ち合わせ、交渉、業者との協議、連絡と調整、広報業務、材料の調達、協賛のお願いなど、第1回目ということで多くの説明と忍耐と時間を必要とした。7人の出品作家は、絵画、彫刻、写真、映像、インスタレーションなど、様々な媒体と考え方と価値観を持っている。既に国際的に活躍している作家もいたし、ほとんど無名の作家もいた。展示は美しかった。だが結局、入場者数は冬場の50日間で4299人、一日平均86名だった。地域に十分情報が浸透せず、テーマやイメージも分かりにくい印象を与えたのではないかと思っている。

 「リアリティ」というテーマは筆者にとっては切実なものだったが、一般に分かりやすくアピールする言葉ではなかった。その代わりに、数多くの「関連イベント」を開催し、作家の多角的な魅力を紹介しようとした。講演会、シンポジウム、ワークショップ、映像上映会、ダンスイベント、ギャラリーガイド、市民ギャラリーでの連動企画などである(この時、講演会をやっていただいた美術評論家の鷹見明彦氏は2011年3月に病のため急逝された)。出品作家の一人、眞島竜男氏には公開制作事業も依頼した。彼は「ダブル・ポジティヴ2」というグループ展を独自に組織した。眞島氏がオーガナイズした企画展出品作家の一人が、現在ヴェネツィア・ビエンナーレに日本館の代表として参加している田中功起である。

 残念ながら、府中ビエンナーレは2008年の第4回展をもって終了した。現在府中市美術館は、毎年冬の時期に、テーマ展、個展など様々な形式を取りながら現代美術そして多摩地域の作家の紹介に努めている。第1回府中ビエンナーレに出品してくれた金田実生、斎藤美奈子、佐藤(中野渡)尉隆、曽谷朝絵、太郎千恵藏、眞島竜男、山内幾郎の7作家とは今でも親交があるし、気になるし、応援している。

※会期:
2002年11月16日〜 2003年1月19日 府中市美術館

美連協ニュース120号(2013年11月号)から転載(※役職は掲載時)



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