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思い出の展覧会
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国立モスクワ東洋美術館所蔵
シルクロードのかざり 中央アジアとコーカサスの美術
田辺昌子 千葉市美術館学芸課長
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千葉市美術館会場風景

 きっかけは1994年頃、国立モスクワ東洋美術館の学芸員であったアイヌラ・ユスポーワ氏(現プーシキン美術館)が、浮世絵の研究のために東京大学に留学している間、しばしば千葉市が所蔵する浮世絵調査のためお会いするうち、共に調査に行ったり、学会に出席したり、またプライベートでも食事をするなど親しくなったことであった。当時千葉市美術館はまだオープン前で、将来の企画展を策定しているところであったが、国立モスクワ東洋美術館には日本美術のコレクション(首藤コレクション)をはじめ、興味深いコレクションが所蔵されているということを聞き、これを日本に持って来るのはどうかという計画が立ち上がったのである。

 1995年の千葉市美術館開館直後の冬、国立モスクワ東洋美術館を訪問することになった。当初の目的は展覧会開催を睨んで日本美術のコレクションを調査することであったが、展示を拝見する中でそれ以上に印象的であったのが、この展覧会で出品した中央アジアとコーカサスの染織品や装身具である。筆者の専門ではまったくないのだが、身の回りのものを飾ることに祈りを込め、身を守るという原初的な力強いかざりの造形に心惹かれるものがあったのである。当時館長であった辻惟雄先生(現MIHO MUSEUM 館長)は、当初何で千葉で中央アジアの工芸品をやらなければならないのかと、幾分気持ちが引けていらっしゃるようであったが、実際作品を見て「これはかざりだ!」と強い印象を受けられ、展覧会の開催を決意されたのである。日本美術における「かざり」研究の中心である辻先生のこの発想こそ、展覧会タイトルともなったわけである。

 その後監修に国立民族学博物館の名誉教授であった杉村棟氏を迎え、作品選定、写真撮影、そしてプライベートでもモスクワや中央アジアへ行く機会があった。ロシア特有の手続の困難さには、何度も悩まされたが、なんとか乗り切ることができたのは、ユスポーワ氏をはじめ訪問のたびに親しくなった現地の学芸員、職員達の助けによるものであった。

 ロシア人は一見取っ付き難いように思うのであるが、ひとたび親しくなると、人情的なところがある。そして芸術や文学は、文句なしに素晴らしいという価値観が土壌にあることも強く感じられた。中央アジア専門の学芸員であっても日本の折り紙をやっていたり、モスクワ大学の学生には茶の湯のもてなしを受けたり、日本の古典文学が多くロシア語に翻訳されているなど、日本文化に対しても強い興味を持っている様子もうかがうことができた。クーリエとして日本に滞在している間には、特に文化的な体験を喜び、最後には涙ぐんでくれたことなど、この展覧会だけの経験でもある。メンコのように名刺を投げつけるようにくれた、怖いだけと思っていた館長にも、何か人間的なものを感じることができ、今はなつかしい気さえする。

 東京会場には、自らのご希望で、当時の紀宮さまも訪れ、熱心に展示をご覧になったという。一般来館者にも好評であったが、一方であまり知られていない世界の作品を紹介する時の興行の難しさも感じた。動員という面では期待に応えることができたとは思えず、お誘いした巡回館には申し訳ない気持ちも残している。しかしゼロから展覧会を作っていくことの醍醐味、国を越えて展覧会に関わる人々との信頼と交流、また専門分野でなくても取り組むことで自らの興味や知識が深まるのだという体験ができ、学芸員としては、その後の展覧会にも果敢に取り組む原動力になったと思う。筆者担当で美術館連絡協議会に主催に入っていただいたのはこれがはじめてであったこともあり、思い出のつきない展覧会である。

※会期:
1998年9月29日〜11月23日 千葉市美術館
巡回:
1999年1月26日〜3月22日 サントリー美術館
1999年7月23日〜8月22日 愛媛県美術館
主催:
千葉市美術館/ 読売新聞社/ 美術館連絡協議会

美連協ニュース117号(2013年2月号)から転載(※役職は掲載時)



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