読売新聞へようこそ■イベント
美術館連絡協議会 美連協について English 美術館連絡協議会
-
思い出の展覧会
バックナンバー
ダブリン市立ヒュー・レーン近代美術館所蔵
アイルランド絵画の100年展
浅川泰 北海道立近代美術館学芸部長
picture
「アイルランド絵画の100年」展開会式(左から2人目がデクラン・オドノバン駐日アイルランド大使、右から2人目は森本成治美連協事務局長(当時)、同3人目はバーバラ・ドーソン市立ヒュー・レーン近代美術館長)

 アイルランドの首都ダブリンにある市立ヒュー・レーン近代美術館所蔵のアイルランド絵画を拝借して、「アイルランド絵画の100年」展を開催したのは、1997年春のこと。アイルランドの近代絵画を日本で初めて紹介するこの展覧会は、美術館連絡協議会創立15周年を記念する国際展として企画された。前年の春、当時の美連協事務局長飯田隆介氏、三鷹市美術ギャラリーの副館長(当時・主任学芸員)浅倉祐一朗氏と私の3人は、出品交渉と表敬訪問をかねてダブリンを訪ねた。

 アイルランド美術についての予備知識もなく、美術館側が示した作家リストにもとづいて、展示室や収蔵庫で作品の下見をしてから、研究室や会議室で打ち合わせをした。会議室まで作品を運んでもらい、意見を交換することもあった。館長のバーバラ・ドーソン女史とキュレー夕ーのクリスティーナ・ケネディ女史の息のあった対応、ドーソン館長の迅速な判断に大いに助けられた。フランスから駆けつけてくれた当時アートよみうり・フランス代表の南條彰宏氏がいなかったら、交渉がスムーズに進んだかどうか、海外の美術館事情に詳しい南條氏の役割(通訳や助言)は大きかった。

 国際展で美術館の学芸スタッフと話し合いながら出品作品を選ぶという、贅沢な経験ができたのは、ドーソン館長の心をつくした歓待のお蔭でもあるが、美連協の展覧会だからこそできたと思う。海外での出品交渉でこれほど親密さを感じたことはなく、アイルランドの土地柄がこうした経験の背景にあったかもしれない。ダブリンは港町であるが、まだ昔の建物が残っていて人通りに賑わいがあった。ジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』に出てくるパブ「デイヴィ・バーン」で昼食をとるなど、交渉の合間に私たちはダブリンをエンジョイした。

 植民地としての長い歴史を抜きにしては、アイルランドの文化を語ることはできない。ダブリンの中央部、市立ヒュー・レーン近代美術館のあるパーネル・スクエアから南に下るオコンネル通りには、カトリック解放の英雄ダニエル・オコンネルの銅像や独立運動の英雄チャールズ・パーネルの記念碑、1916年のイースター蜂起の司令部となった中央郵便局など近代アイルランドの重要なモニュメント、史跡があり、人々が英雄たちや闘争の記憶とともに生きていることを実感できた。ここでは、土地の霊というものが強い力をもっていて、それが生活にも芸術にも染みこんでいる。

 かつてラフカディオ・ハーン(彼はダブリンで育った)が、日本の風土を愛し、深く理解したことが思い出される。開会式に出席したドーソン館長は挨拶の中でハーンの言葉を引用し、日本人の感受性の豊かさについてふれていた。

 私のアイルランド理解が十分であったと言えないが、ダブリンとの親密な交流を経験したことがこの展覧会を今でも忘れ難いものにしている。

※会期:
1997年5月24日〜6月29日 北海道立近代美術館

美連協ニュース108号(2010年11月号)から転載(※役職は掲載時)



-
美術館連絡協議会 〒100-8055 東京都千代田区大手町1-7-1 読売新聞東京本社事業局 TEL.03-3216-8664 FAX.03-3216-8978