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思い出の展覧会
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「土田麦僊」展
借用を得るには10年、失うのは一瞬
全国を借用行脚、怖さ楽しさを知る
横山秀樹 新潟県立近代美術館副館長
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「土田麦儒展」の開場式

 美術館に入って7年目、ようやく仕事にも慣れ、自主企画した日本画の展覧会が「土田麦僊展」であった。前年に、麦僊の《芥子》を購入したこともあって、開催することになった。

 それまでにも展覧会は毎年担当していたが、全国各地に借用に歩いたのは初めての経験であった。麦僊は新潟県の出身であったので、基礎的な資料はあったのだが、作品の所在調査などは一から始めなければならなかった。

 今から考えると本画が29点、草稿や素描などをいれても124点で、それほど大規模の展覧会ではなかったが、所蔵者を探して挨拶に伺い、借用のお願いをする連続であった。

 このとき何かとお世話になったのが、京都国立近代美術館と山種美術館であった。両館とも過去に「土田麦僊展」を開催したことがあり、日本画の展覧会を開催する大変さや面白さを教わったのもこの二館であった。

 美術館の所蔵品についても一館一館足を運び、趣旨を説明してお願いをしたものである。現在のように、電話一本やファックスでお願いできる所はなかった。当時はメールやフアックスもない時代であったので、当然と云えば当然であった。

 担当者や所蔵者に展覧会の趣旨を説明し、展覧会の意義を説明するところから始めたものである。

 所蔵者宅に伺った時も思いがけない出来事の連続であった。ある所蔵者のお宅に伺った時のことである。約束の時間に伺い一応、応接間に通されたのだが、待てどもご主人は顔を見せてくれず、雰囲気で別室に居るのはわかったのだが、お会いすることができたのは、小一時間経った後であった。

 麦僊展では展覧会の怖さと楽しみや多くのことを経験させてもらった。礼節の大切さと、「信用を得るには10年かかるけれど、信用を失うには一瞬でたりる」ことを知ったのもこのときであった。この気持ちはいまでも変わることなく持ち続けている。

 麦僊展を開催してから28年たち、再び麦僊展を開催することになったが、年月の経過は展覧会の在り方まで変えてしまっていた。美術館では保存の観点から貸出に制限を加えるようになり、個人所蔵者の場合は世代交代による移動があって所在が不明になるなど希望する作品を借用することができ難くなってきている。

 「土田麦僊展」は、近代日本画に対する基本を教えてくれたと同時に、これからの美術館が抱える課題まで教示してくれた展覧会となった。

※会期:1981年9月5日〜9月27日 新潟県美術博物館

美連協ニュース104号(2009年11月)から転載(※役職は掲載時)



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