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思い出の展覧会
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「辻晉堂・八木一夫・堀内正和
−1950年代京都から:新たなる造形への出発−」展
失敗に学んだ姿勢の大切さ
三好徹 青森県立美術館次長(美術企画課長)
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写真提供:米子市美術館

 早いもので青森県立美術館が2006年に開館して3年がたつ。

 10数年の準備期間を経てようやく開館した県立美術館も、年3本程度の企画展・特別展を開催し、現在、10本目を終えたところである。青森での展覧会はまだ思い出とするには早すぎるので、前任地でのこと、今もって記憶に残る失敗談に触れることにしたい。

 今から20年近く前のことであるが、鳥取県の米子市美術館に在職していた頃、手がけた作家の一人に彫刻家の辻晉堂(つじ・しんどう)がいる。米子市の南東約20キロメートル山間部に入った現在の伯耆町二部に生まれ、青年時代に上京、若くして日本美術院同人となり、将来の木彫界を担う彫刻家として嘱望されていた。米子市美術館では、1991年、辻晉堂没後10周年という節目に企画展を開催した。展覧会名は「辻晉堂・八木一夫・堀内正和−1950年代京都から:新たなる造形への出発−」。生まれも経歴も分野も異なった三人が、1950年代、現在の京都市立芸術大学に招聴され後進の指導にあたりながら、交友を通して互いに刺激を与え合い、辻は陶彫、堀内は金属による幾何学的抽象彫刻、八木は前衛陶芸という独自の分野を切り拓いていった点に着目した展覧会であった。

 この展覧会では、関西から関東方面まで美術館や所蔵家など様々な関係者のお世話になったわけであるが、ことに八木一夫作品の借用に関しては、苦くも、今にして思えば有り難い貴重な経験をした。関東方面の所蔵家がお持ちの代表作品を借用するにあたって、助言もあって人を介してその所蔵家に打診した。戻ってきた返事は、ご丁寧にも速達書留郵便で、封書に入った一枚の便箋にたった一言、「そういった作品は持っておりません」。そんな筈はないと困惑していた矢先、所蔵家の知人から電話があって、ともかく所蔵家本人に会ってみなさいと勧められた。急遽上京し、お会いしてその返事の意味がわかった。一に、「展覧会の企画担当者であるあなたが、なぜ、熱意をもって直接頼みに来なかったのか」ということであった。これには衝撃を受けた。極めて基本的な姿勢が自分に欠けていたことに気づかされたからである。我が身の不明を恥じ、それこそ熱意をもって展覧会の説明をし、ご理解願った。それから、東京近郊にあるコレクションの収蔵場所までお供し、作品を拝見しながら一晩泊めていただき、改めて展覧会への出品についてお願いした。予想を上回る作品借用を了承していただいたが、1点だけ、脆弱な黒陶作品であるため貸し出せないとのことであった。ただ、それがどうしても展示したかった私は、思わず「膝に抱えて大事に守りながらトラックに乗り込みます(本来なら有り得ないことなのだが)と懇願した。結局、膝に抱えることもなく、私の気持ちを汲み取って借用のお許しをいただいたのであった。

 この時の教訓は、いろんな形でその後の私の支えとなった。後日譚であるが、この件でお世話になった所蔵家の知人が青森県出身の陶芸家であったことは、不思議な縁であったのかもしれない。

※会期:1991年7月21日〜8月18日 米子市美術館

美連協ニュース103号(2009年8月)から転載(※役職は掲載時)



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