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平常展を考える−「花鳥風月展」にちなんで
金原宏行 豊橋市美術博物館長
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渡辺小華 ≪渉園九友図≫
1874(明治7)年

 花鳥風月をテーマとする収蔵品展を開催(平成20年2月5日−3月23日)した。よそから借りたものはなく、本館の収蔵品による展覧会として、美術鑑賞入門として試みたわけである。

 本館は、開館以来、この6月1日で29年を迎える。そのなかで平常展にも力を入れ、開館当初から現在まで市民に無料で公開してきた歴史がある。最近、地方の公立美術館では、常設展(平常展)を無料にする傾向にあるが、常日ごろから館に親しんでもらうために、このことは喜ばしいことであり、特に小中学校の生徒に対しては平常展の無料化が望ましい。

 さて「花鳥風月展」であるが、5章に分け、構成した。第1章、第2章は「花鳥画の伝統」、「風月を愛でる」とし、江戸末期の作品からはじめ、第3章「うつわに見る花鳥風月」は、本館の陶芸展示室の司コレクションから選択して独立させて一室をあて、第4章、第5章を「花鳥風月の新たなイメージ」、「幻想の花鳥画」とし、最後に中村正義、大森道夫、星野眞吾、平松礼二、野田弘志など本市ゆかりの現代作家の花鳥風月、雪月花などのテーマも加え、現代の多様な表現に及んだ。

 こうした作品選択は、市民に抵抗なく受け入れられたようであり、担当学芸員の他、定着してきた有志によるガイド・ボランティア(約12人)のギャラリートークも熱心な聴衆とのホットなやり取りも見られた。

 展示の中心を占めたのが崋椿系といわれる作品で、大きくいえば、崋山と弟子椿椿山に代表される文人画(日本南画)である。江戸生まれの崋山は、藩政にも力を尽くしたが、その進歩的な考え方は幕府に受け入れられず「天保10年(1839)には在所(渥美半島の田原市)蟄居を命ぜられ、同12年には藩地田原で自刃を余儀なくされたが、洋風の写実を取り入れた優れた作品が多いのは周知のことであろう。椿山はじめ、福田半香、金子豊水(豊橋市出身)ら多くの弟子も育てたから、崋山と師弟関係にあった彼らの作風はこの三河地方に定着し、広まった。最近まで華椿系といって、その衣鉢を継ぐ花鳥画や山水画が尊 ばれ、床の間を飾ってきたのである。

 崋山の死にあたり、次男渡辺小華の養育を託された椿山は、温和な色彩の花鳥画を得意とし、それが明治10年代に豊橋に住んだ小華に受け継がれた。小華の花鳥画には、没骨体(付けたて)の水墨に優れたものが多い。この三河の地で多く描かれていることもあって愛蔵されてきたのである。ほかに名古屋の山本梅逸や円山四条派の画家、吉田藩御用絵師もおり、わが館は博物館でもあるので、こうした画家の文献資料の蓄積もある。このところを見てもらいたいというのが主旨であった。

 過去の優れた遺産も現在のスピードの速い変化についていけず、過去のものとして顧みられない。こうした傾向から踏みとどまって、現在を知り、過去を振り返る視点から、現代の日本画に、洋画を加えた収蔵品55点の公開であった。初めて紹介する作品もあり、新しい切り口は大方に好評で、初めて本館を訪れた年配の方が「こんなに面白い作品があったのですか」と声をかけてくださったのはうれしいことであった。

 「入ってつまらなかった」「時間がもったいなかった」といわれないよう収蔵品展に力を入れながら、見せる工夫を大事にしていきたい。それは、映画批評でもアクターの演技に加え、見せ方や物語の筋を重視しているからであり、いずれにしても収蔵品による作品展は、今日の作家も含めて花鳥風月の伝統をどう現代に継承していくべきか、振り返ってみる良い機会となったと思われる。

 ただ30年近くになって収蔵庫は、すでに手いっぱいであるという他の館と共通の悩みも抱えている。これについてはまたの機会に考えてみたい。

美連協ニュース98号(2008年5月)より転載(※役職は掲載時)



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