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「美術と戦争」雑感
山脇佐江子 姫路市立美術館館長
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小磯良平≪レモンとかき≫ 1943年 油彩・カンヴァス 27.5×45.4cm「画業60年小磯良平のすべて」(1983年)カタログより転載

 私の勤務する姫路市立美術館で、2002年に「美術と戦争」という展覧会が開かれた。あまり経費もかけられず、館蔵品を中心とした展示であったようだが、いまだに、いい展覧会でしたねと声をかけていただいたり、展覧会図録の引き合いがある。私の赴任前のことでもあるし、担当した平瀬学芸員の努力のたまものなのだが、同美術館にかかわる者としてはとてもうれしい。

 この展覧会が注目されたのは、昭和の戦時下における美術や美術家の置かれた状況を、被害者的、あるいは平和主義者的観点で捉えたり、戦争に協力的な画家や従軍画家に対して批判や糾弾を加えるのではなく、あの時代の美術がどのようなものであったのか、可能な限り主観を交えずに提示して見せたことにある。

 そのような捉え方は珍しかったばかりか、そもそもあの時代については、今に至ってもあまり取り上げられないのである。当時の状況について、私たちは知らないことが多いにもかかわらず、それがどのような立場にせよ、何らかのバイアスのかかったものの見方をしてしまいがちである。もっと時間が経てば、その見方も変わるのだろうか。

 美術と戦争といえば、小磯良平さんの戦時中の作品について、最近取材を受けることがあった。小磯さんは、当時新進気鋭の洋画家として、藤田嗣治や宮本三郎らとともに、従軍画家として戦争画を描いたことはよく知られている。しかし小磯さんは戦争画については、戦後一切口を閉ざしてしまわれた。

 私は、1971年の画業50年展と83年の画業60年展の2度の自選による回顧展にかかわったのだが、画業60年展のときに図録の編集を担当することになった。そこで約60年の間に制作された作品を可能な限りリストアップし、作品写真と共に巻末に掲載することにした。しかし小磯さんは、戦争画を削除したいと言われたのだ。小さなモノクロ写真だからと食い下がったが、最終的には写真は掲載せず、文字情報だけ載せることになった。

 後で思うに、これは上司の判断で、小磯さん自身はやはり文字だけの記載でもいやだったのだ。強く自己主張する方ではなかったので、まあ仕方がない、と思われたのかも知れない。その後出版された小磯さんの代表的な画集(1988年刊)には、戦争画は図版もリストも一切掲載されていない。

 写真の≪レモンとかき≫は、両方の自選展に出品されたもので、その展覧会で私の一番印象に残った作品である。M8号の小さな絵であるが、対象を的確に捉えた伸びのある簡略化された筆致、瑞々しく気品のある画面、まさしく小磯さんの本領発揮である。白い清潔なテーブルクロス、冷たく冷えた生牡蠣、さわれば果汁が滴りそうな新鮮なレモン、透明なグラスに注がれたワイン。私の心を捉えたのは、そのような絵画としての出来栄えだけでなく、このような題材の絵が、画中の2603の年記が示すように、あの昭和18年という時代に描かれたという驚きである。若かった私は、それを小磯さんの密かな抵抗かなと思ったものだが、年を経た今は、画家としての矜持(きょうじ)だったのかも知れないと思うようになった。

 あんなに戦争画について語ることを避けた小磯さんだったのに、私は小磯さんの話になるといつも、戦争画をめぐる一件とこの≪レモンとかき≫の絵を思い出すのである。

美連協ニュース95号(2007年8月)より転載(※役職は掲載時)



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