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「人を変える力」を持つために
市川政憲 愛知県美術館長
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 近頃、水溜りを見なくなった。子供のころは、水溜りを避けながら歩いていた。時にはそこに切り取られたように空が見えて、不思議な感覚を覚えたことは、いまだに記憶によみがえる。彫刻家の遠藤利克は、寺塔の礎石のくぼみに雨水が溜まっているのを目にしていたと語っていたが、そう聞くだけで彼の仕事はずっと身近なものになる。

 小さな自然、自然の細部が身辺からどんどん消えてゆく。自然が失われると言われるが、決してそうではない。里山しかり、自然と人間がいり合う間の領域、境界が失われていっているのである。この春に開催した「自然をめぐる千年の旅」展で、いかにこの島国の人たちが、自然の末端に触れることで、細やかな感性を育んできたか、そして裏を返せば、自然を怖れてきたかを、あらためて認識させられた。

 大地は水の受け皿たりえず、雨が降れば、街の道路は急流と化し、水は一気に海に向かう。護岸された川の流れは、せわしい。温暖化のせいばかりではなく、海は上昇し、いたるところで、砂浜という境界も消え、人工の岸壁がそそり立つ。

 何か、とても大きな枠組みのところで、すべてが単純化しつつあるように感じられてならない。現実の仕組みを変えようとする構造改革には、政治の大鉈は必要であると思う。市民社会とは、すべてが相互的評価の上に作られていくものであり、評価そのものはあるべきである。そのためにも、まず自らを振り返る自己点検がなされねばならない。何を悠長なことを言っているかと言われそうだが、いまは、仕組みを変えようとする流れがすべてを呑み込んでいきそうな勢いである。

 公共施設としての美術館の社会的使命とは何か、と問うと、どこも同じような設置目的、基本理念にもどってしまう。その前に、館員の一人一人が、どのような思い、希望、理想を抱いて仕事に就いているのか、それぞれに問い直し、あらためて目指すところを自らに掲げてみることが必要に思われる。そこから出てくるものをまずは館員どうしで、相互に批判、評価しあって、社会的、歴史的に意味のあるヴィジョンを共有した上で、その是非を市民に問うべきであろう。

 美術館は、共有できる文化的な価値を生み出す場所である。世界の見方感じ方は各人各様だからこそである。自分の物差しでは測りえないものを、人はわからないと言うのだろうが、自分の物差しにばかりこだわらず、向こうの物差しで測られてみると、いつもの世界が少しは違って見えてくる。文化的に異なる人の見知らぬ作品によって、自分の中に埋もれていた感性が目覚めることで、現実は何も変わっていないのに、世界が少し違って見えてくる。政治は現実を造りかえる力であるが、芸術は直接現実に手を加えることはしない。ただ、人を変える、眼を変える。自分の知らないものに眼を開かせることで、他者に対する心配りができるように人を変える。美術館の夢は、現実に手を加えずに「世界」を変える芸術の力に根ざしているものと、私は思う。

美連協ニュース88号(2005年11月)から転載 (※役職は掲載時)



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