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「イタリア印象派」名作楽しむ旅
井関正昭 東京都庭園美術館長
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マッキアイオリ展カタログ

 ローマから地中海に沿い北に二五〇キロほど、ピサの少し南にリヴォルノの町がある。いわずと知れたモディリアーニの生まれた町である。この町で「マッキアイオリ展」をやっていると聞いて、その時丁度ローマにいた私はすぐ出かけることにした。昨年九月末のことである。

 マッキアイオリというのはイタリア十九世紀美術のトスカーナ地方を中心とする一つの流派、グループの名で、いわばイタリアの印象派といっていい。日本ではこの展覧会はかつて一度行なわれただけである。一九七九年春東京で開催されたもので、主催者は読売新聞社、私もかかわったので懐かしいこともあり勇躍出かけることにした次第である。

 ところが、思わぬ障害が起ってこのリヴォルノ行きは散々な目に会ってしまった。

 どういうことかというと・・・・・。

 まずここで本件のキーワードである「カッチュッコ」についていわなければならない。でかける前の日、ホテルの親父さんからリヴォルノに行くなら絶対にカッチュッコを食べなさいという、それは何ですか、世界一うまいブイヤベース(魚のスープ)さ、これを食べなければリヴォルノに行く価値はないよ、という。食いしん坊の私はマッキアイオリよりこの方が良さそうだとほくそ笑む。これもあってリヴォルノ行きの列車は一等車をはずむこととし、予約乗車券を旅行エージェントで購入した。翌日ローマ終着駅でリヴォルノに行く列車のホームに着くと、何と一等車はどこを探してもないのである。存在しない一等車の切符をなぜ売るのか、車掌をつかまえて詰問するが、今日のこの列車はたまたま連結しなかったにすぎない、二等車に行ってくれという、払い戻しは買ったエージェントに行きなさい、冗談じゃない今から間に合わない、そんなこと知ったことじゃない、イタリア的論理にはとてもついて行けないことは常々知っていたつもりだがやっぱり気分は悪い。満員の二等車に二時間揺られリヴォルノの駅に到着する。丁度昼時だったが、まず先に展覧会をさっと見てそれからカッチュッコを楽しもう、どうせ一時すぎまでレストランは開かないからと、私はタクシーをつかまえてマッキアイオリ展をやっているパスキーニ宮殿の名をいうと、これは郊外にあって三十分少しかかるという、その位はしようがないだろう、それ行けと乗り込む。着いた会場の宮殿は小さい丘の公園にあって素敵なロケーションである。早速入口に向かう。何と閉まっているではないか、昼休みで四時まで開かないという。南無三と叫んでみたが、もうタクシーは帰ってしまい、バスもたまにしか来ないとのことでリヴォルノの町に戻る気力はすっかり失せてしまった。近くのバールに飛び込んで聞くと今日は聖なんとかの日でリヴォルノを含め店は全部休みだという答え。ついにここでカッチュッコもあきらめざるをえないことになったのである。

 考えてみれば、考えなくてもわかるのだが、ろくに調べもしないですっとんで来たこちらが悪いのであって、恐らくモディリアーニもこれを食べて育ったであろう魚のスープ、カッチュッコを食べ損なった恨みだけが実に明確に残ってしまった。

 さて、やっと四暗から再開のマッキアイオリ展を見る。

 展覧会は素晴らしかった。

 ファットリ、デ・ニッティス、ダンコーナなどなど懐かしい名の作者に再会したからだけでなく、十九世紀イタリア絵画が単なるクソ・リアリズムで成り立っていたのではなく、フランス印象派を横目で見ながら自然を写すのではなく、自然を新しくつくっている点にあらためて感じいった。

 カッチュッコを食べ損ねた恨みだけのせいではなかったのである。

美連協ニュース77号(2003年2月)から転載 (※役職は掲載時)



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