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圧巻はゴッホの油彩・素描270点
女性の直感、審美眼で収集
副島三喜男 島根県立美術館長
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ヴァン・ゴッホ《アルルのはね橋》油彩、1888年

 オランダのアムステルダムから南東約八十キロの田舎町オッテルローに、ゴッホの作品で名高いクレラー・ミュラー美術館を訪ねた。広大な森林公園のなかに、その美術館が高い樹々に埋もれるように建っていた。

 この美術館はルネサンス以降のヨーロッパ絵画を中心に、中国や日本の絵画・陶磁器などもあって、その作品収集は多彩だが、なんといっても二百七十点にもおよぶヴァン・ゴッホの油絵・素描がその焦点であろう。これらのコレクションは一九三五年政府に寄贈され、現在は国立の美術館となっている。

 美術館の案内書によると、ヘレーネ・クレラー・ミュラー夫人は一九〇九年、死後(一八九〇年)まもないゴッホの作品三点を購入したのを皮切りに、そのゴッホ収集熱は十二年ころにピークを迎えている。記録によれば、その年の四月のひと月だけで十五点ものゴッホを購入。有名な《アルルのはね橋》や《夜のカフェテラス》、あるいは《星月夜の糸杉のある道》など、なじみの名作もこの年に手に入れている。

 ゴッホの生存中に売れた作品が《赤いぶどう畑》という一点のみであり、しかも当時四百フランという格安の値段であった、ということはかなり知られた話である。たとえその死後まもなく、ゴッホが一流画家として認められ始めたとはいえ、当時その作品はまだ安く購入し得たであろうし、そのことが夫人の急速なゴッホ収集を可能にしたと想像される。

 こうしてクレラー・ミュラー夫人は油彩八十九点、素描百八十四点のゴッホを収集した。一九一〇年代、オランダには三つのゴッホコレクションがあり、そのうちの二つを二〇年代までに夫人が入手している。あとの一つはゴッホの弟テオの未亡人が整理したもので、現在国立ゴッホ美術館(アムステルダム)に収蔵されている。

 それにしても、夫人がゴッホをとりわけ好んで収集した理由は何かといえば、「強烈な個性ゆえに、その時代の人々に理解されなかった画家たち」の作品を、夫人は後世に伝えるべく意欲を燃やしていたからだ、と言われている。

 「私は赤と緑とで、人間の情念を表現したい」と言ったのは当のゴッホ自身だが、その強烈な色彩は悲しみや喜び、恐れや絶望など、さまざまな情念の色に染め上げた、内面の深淵のような世界であった。こうしたゴッホの色彩表現が、二十世紀の表現主義的傾向を予告するものであったことは言うまでもない。

 こうして夫人は、理性的に作品を評価しながらも、同時に女性のみずみずしい直感で作品を選択した。その膨大で貴重なるゴッホコレクションは、夫人の優れた先見性ある審美眼によって誕生したのである。もしその優れたまなざしがなかったとすれば、魂の画家ゴッホのその半数の作品は散逸し、恐らくは失われていたであろうことを思うとき、近代美術の大胆な擁護者としての夫人の業績の偉大さに、改めて感嘆させられたのである。

美連協ニュース75号(2002年8月)から転載 (※役職は掲載時)



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