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棟方志功と萬鉄五郎のコラボレーション
中村光紀 萬鉄五郎記念美術館長
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棟方志功《善知鳥神社小品》 油彩 1928年 棟方志功記念館蔵(上)
「棟方志功 萬鉄五郎に首つたけ展」の展示風景(会期:2015年7月4日〜8月30日)(下)

 棟方志功が萬鉄五郎を尊敬し、その芸術性を高く評価していることはあまり語られてこなかった。この度当館で開催した『棟方志功 萬鉄五郎に首ったけ展』(7月4日〜8月30日)は、二人の関連性に焦点をあてた初めてのコラボレーション展である。この企画展のきっかけは、棟方が身近に置いて愛蔵していた萬鉄五郎《口髭のある自画像》(1914年)を、棟方の孫の石井頼子さん(棟方研究・学芸員)から当館に寄贈いただいたことに発する。棟方は萬作品を手元に置きたいと長年熱望して、ようやく棟方が手に入れた作品で、その額裏には、和紙に自ら筆で「萬鉄五郎先醒の作」と書き込み糊貼りして、深い敬愛の念を込めていた。

 棟方は「わたくしは萬氏の絵の事については、際限を持たない。それ程、わたくしは『萬鉄に首つたけ惚れて』ゐるのだ。仕方がない程、参つてゐるのだ。』(「『萬鐵』の繪心」1947年)と書くほど萬に傾倒していた。棟方は萬の18歳年下、生前面識はなかったが、彼の作品を見て惚れていたと思う。

 棟方志功は、1924年画家を志して青森から上京し、毎年帝展に油絵を出品し続けたものの、落選、落選の連続であった。そして、1928年第6回「春陽会展」に版画で初入選をした。その展覧会に、前年に没した会員萬鉄五郎の遺作室が特設され、東京美術学校時代の習作から、《裸体美人》《もたれて立つ人》などの主要な作品80点が展示されていた。その会場で萬作品の全貌を見て棟方は魅了されたと思う。そのことについて棟方はなにも文章に残していないが、石井頼子さんは「棟方が見てないはずがない、直後の作品には萬の影響が大きく表れ、その年の秋の帝展に《雑園》で念願の入選を果たした」と言う。《雑園》は、現在失われているが、図版写真によると、その年に描いた油彩《善知鳥神社小品》と同様に躍動する木々の筆使いや朱赤などの色彩に萬の影響が色濃く感じられる。

 棟方は当初、川上澄生の《初夏の風》をみて版画に目覚め、その影響のある多色刷りの木版画《星座の花嫁》シリーズを制作し、第6回春陽会に7点出品して3点入選したのだった。その会場で萬作品を見た棟方は、川上版画を脱し、その後の彼独自の作風を打ち出してゆくことになる。またやはり油絵から「版画」への道に進むことになったことについても「油絵には萬がおり、ならば自分は版画で行こうと背中をおされたと思う」と石井さんが語っている。やがて「大和し美し板画巻」(1936年)が柳宗悦の眼に止まり、濱田庄司、河井寛次郎ら民藝運動の指導者らに支援されることになる。棟方の版画への道は、萬芸術との出会いが大きな転換点であった。

同展は茅ヶ崎市美術館へ巡回 11月3日まで開催中。

美連協ニュース128号(2015年11月号)より転載(※役職は掲載時)



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