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浴室の瞑想あるいは迷想
木本文平 碧南市藤井達吉現代美術館長
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富岡鉄斎《福禄寿図》1923 年 碧南市藤井達吉現代美術館蔵

 凡人は煩悩の塊という。かくいう私もそのひとりで、還暦を過ぎても未だその煩悩に悩まされている。池波正太郎の描く食卓の情景などを読むと、もういけない、喉元がゴロゴロする。食欲などはまだ可愛いが、ジャンボ宝くじが大当たりし、好き勝手に過ごしたいなどと妄想に取りつかれること甚だしいのだ。という一方で、生を受けた以上何か人々のお役に立ちたいとか、平和で心豊かな社会に何とかならないものかと高邁な理想社会について真剣に考える。こうした矛盾に満ちた心の葛藤のなか、行きつく果ては人間や宇宙の存在、そしてそれを構成する物質の存在、はたまたその物質そのものが何故存在するのかという疑問へと考えが及んでくる。当然、その過程では人間をはじめとする生命体の誕生と消滅についてはもちろんのこと、その解明のための宗教や哲学、科学などの在り様も理解できるのだが、どうも腑に落ちない。むしろ鳥山明の描く『ドラゴンボール』の世界に妙に共感を覚えるが、こうした思いを日常茶飯事的に考えていたならば、現実的には何も出来ないし、何もせずにずーと眠り続けるのが一番なのであろうかと思うことがしばしばある。極めて虚無的な境地に陥ってしまい、最後には自己の存在すら否定的になってしまう。しかし、幸いにも割と開き直りの早い性格を持ち合わせたせいか、自身の琴線に触れる絵画や彫刻、音楽などの優れた芸術作品に出会った時のことを思い起こすと、不思議なことにこの堂々巡りの瞑想(迷想)の世界からいち早く現(うつつ)の世界へと立ち帰ることができるのだ。そして、最後には芸術をはじめ人間が快感を感じる全てのことは、この世の創造主である神が人類に与えた媚薬ではなかろうかと思ったりもする。まさに漱石の『草枕』の冒頭文的な境地に至るのだ。

 じつはこうした思考の大半は自宅の浴室のなかで展開されるのである。ただし、この状況に至るのは入浴後、湯船にゆったりと浸かり20分ほど経過した後で、自然と集中力が高まり、ひとつのテーマについてのアイデアが浮かんでくるのである。実際、考えごとを始めると1時間近く湯船に浸かっていることもあり、最長時間としては1時間40分の記録もある。まぁこうしたことを行っていれば、当然家人は心配し「生きてる?」といって浴室を覗きにくる。その度思考が寸断され、まさに心地よい夢の途中で起されると同じ状況に陥り、「あぁもうチョッとだったのに!」と思ったりするのだ。すこし自慢話になって恐縮だが、35歳の時、職場の健康診断で肺活量の計測で7000cc近くの数値を出したこともあり、検査員から「何かスポーツをしていますか? プロ野球の選手並みですよ!」。それからというもの気は弱いのだが、心臓は強いという妙な確信を得て長時間入浴も特技のひとつという自信を持ってしまった。しかし、家人の心配もわかるが地域の美術館活動はマネジメントの面で様々な難問を抱えており、加えて煩悩から脱却出来ない自分を考えると、瞑想(迷想)に浸る長時間入浴はなかなか止められないのが現実だ。

 参考図版は、富岡鉄斎の最晩年に近い88歳の時の作品《福禄寿図》で、長らく所在不明であったが近年になって当館の調査で発見され、59年ぶりの公開となった三幅対作品の内の一つである。若いスタッ フからは「こわ可愛いラッキーじいさん」と呼ばれており、私の愛すべき作品の一つである。幸い所蔵家からご寄贈を頂き市民の貴重な財産となったものである。 。

美連協ニュース122号(2014年5月号)より転載(※役職は掲載時)



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