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美術館の庭の木
有川幾夫 宮城県美術館長
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上:宮城県美術館の実生の松

下:ケンポナシ(ひとつの根から4本の幹がのびている)

 宮城県美術館は、仙台市内を流れる広瀬川を隔てて、市街地と対岸の文教地区にある。1981年に開館した。

 敷地は国有地の払い下げを受けたもので、もとは進駐軍の体育館があった。白い壁に、角隅を緑色に塗った建物は、東北大学の体育館として1970年代の前半まで使われていたのではないだろうか。

 宮城県が美術館用地として払い下げを受ける際は、敷地内の樹木は伐採されて更地となった。いまある植栽は美術館建設時に造園されたものである。しかしそれから30年以上も経ち、樹木もしっかり根を張って大きく成長した。副えられていた支柱がすべて取り払われたのがいつ頃だったか、今では記憶がない。

 春から初夏は新緑が美しいが、花木が多いのも楽しい。コブシに続いて桜が咲き、その桜が散り始めるころ、山桜が咲く。今年は不順な気候のせいでコブシも桜も山桜もほとんど一斉に花をつけたが、5月末の今はハナミズキが終わって、ツツジが満開である。

 学芸員室の窓は北庭のはずれに面している。そこは建物の陰で日当たりが良くないし、遊歩道からも距離があるために、地面は芝生ではなく笹薮で覆われている。植えられた樹木も多いので、雑木林然としている。梅雨の前は新緑を通る光が明るく、夏にはケヤキの葉が色を濃くしてうす暗い。冬にすっかり葉が落ちると、思い出したように視界が広がる。

 わたしたちが日々眺め続けてきたこの北庭の片隅に、一本の松の木がある。それを見つけたのは、美術館ができてから何年もたっていなかったと思う。学芸員室の窓越しに、せいぜい50センチかそこらの小さな松があることに気がついた。笹薮からひょっこり立ちあがった松はいかにも幼く、実生に違いなかった。それでも何年か経つうちに丈はゆうに1メートルを超え、もはや枯れる心配も、抜き去られる心配もなさそうに見えた。

 さて、この原稿を書くことになって、わたしはこの松のことを思い出した。思えば美術館と歩みをともにしてきた実生の松である。数年前に副館長になってこの部屋の机から離れることになったわたしは先日、学芸員室の窓からあらためて松の木を確かめに行った。ところが何としたことか見当たらない。わたしは焦った。原稿の心配を最初からやり直さなければならないではないか。それに小事とは言えやはり寂しい。

 急いで通用口から北庭に回った。なぜ見落としたのだろう。松はちゃんとあった。日当たりが悪いせいか、あるいは笹藪に養分を横取りされたせいか、ひょろひょろとしてはいたが、高さは4メートルほどにもなっていた。

 ところで先に美術館の敷地はいったん更地にされたと書いたが、実は伐るのを惜しんで残された木が一株だけある。こちらはケンポナシの古木である。今年ももうすぐ白い小さな花をつけるだろう。

美連協ニュース119号(2013年8月号)より転載(※役職は掲載時)



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