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リレーエッセイ
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ルーシー・リーと日本
金子賢治 茨城県陶芸美術館長
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ルーシー・リー展会場 2010年4月 国立新美術館

 昨年4月から全国を巡回したルーシー・リー展を担当した。開催に至るまでに作品、文献資料などを詳しく調査したのは言うまでもない。1995年の彼女の死後、自宅に残された文献資料はこれまでほとんど未紹介で、なかでも10数冊ある釉薬ノートはたいへん興味深いものであった。

 釉薬の多彩さはリーの特徴の一つである。青、緑、ピンク、黄、ブロンズ色など、これまでの釉薬の概念を変えた秘密がおそらく釉薬ノートに隠されているのでは、そういう思いで、約10名のルーシー・リー研究会を発足させ、ほぼ3千ページになんなんとするノートを読み始めた。

 古くはウィーン時代の1920年代のものからロンドン時代1960年代のものまで、ドイツ語から英語へと徐々に変化する記述がたいへん面白い。読み進めていくうちに、全く日本の古文書解読と変わらないと思った。リー独特のアルファベット文字の特徴を掴んでいけばかなりの部分まで読めていく。元素記号、釉薬科学の専門用語など、普段あまり触れることのない言葉を何とか調べつつ読破した。

 その結果、いろんな釉薬のレシピの記述が確認されたが、例えばピンク釉のものなどが面白く、釉薬に詳しい陶芸家・小山耕一氏に試作品を作ってもらい展示したりなどした。

 この過程で痛感したのは、ヨーロッパと日本の陶芸ないし工芸の在り方の違いである。日本では縄文土器以来、一万三千年の歴史を持った手作りのもの作りが基本的に現代まで受け継がれているが、ヨーロッパでは産業革命以降、例外はいくつもあるが、手作りのもの作りを根絶やしにして機械化していった。

 日本では各産地に釉技の伝統が豊かに残っている。そこからいろんなものを引き出すことができる。勢い、発想は何百年も引き継がれてきたものをいかに現代的にこなすか、ということになる。一方、リーは一から実験を繰り返し、詳しいデータを作り、その中から欲しいものを抽出する、ということになる。

 ここから表現に大きな違いが出てくる。リーは自分のものはすべて自分が作り出す。作り出さなければ何もないのである。釉薬ノートにみる、ある意味では偏執狂のような詳しい実験データはそのことを意味しており、そこからあの豊かな釉色を生み出すことができたのである。日本には日本の良さがある。しかし作家の個性の表現ということでは、リー、ひいてはヨーロッパの在り方から学ぶべきことも多い。

美連協ニュース112号(2011年11月号)より転載(※役職は掲載時)



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