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岩手にひきつけられて−萬との幸運な出会い
原田 光 岩手県立美術館長 
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岩手県立美術館の萬鉄五郎展示室

 この4月、岩手県立美術館の館長になるについて、館のホームページヘ、着任挨拶をのせるよう求められた。で、こんなことを書いた。1971年の夏の終わりに、はじめて、僕は盛岡を訪ねた。ぶらりと城址に行き、ふらりと古い木造建築の中へはいったが、そこの廊下の窓下に、萬鉄五郎の絵が並べてあって、ふいと見て感激した、と。

 40年も前のことである。思い出したまま書いたのだが、書いてから不安になった。あの木造建築は何だったのか、入口に萬鉄五郎展の看板でも出ていたのか。だから、入ったのか。そういうことは記憶の外だ。ただ、窓の下に絵があった、萬の絵があった、というところだけ、スポットをあてたみたいに鮮明なのだ。

 はたして、それを見たのは本当だったか。まさか、僕のでっちあげではあるまいか。着任後しばらくは、当時を知っていそうな人と会うときは、城に木造建築はありましたか、萬展をやってましたかなどと、唐突な質問をし、あせって返答をほしがって、相手をきょとんとさせてしまった。

 5月の連休中に、萬鉄五郎記念美術館へ出かけて、館長の千葉さんと話したときも、また、この質問をした。すると、あっさり、こう答えてくださった。たしかですよ、71年の夏、県立図書館の木造の廊下に、萬の絵を並べたのです。

 ただし、展覧会のためではない。東京から専門家を招き、調査をするため、一時的に並べたのです。岩手国体の開かれたときで、その際に、私らは萬を展示しようと企画して、作品を探したり借用したり、結局、それがきっかけで、萬家や収集家の人たちと懇意になり、収集の気運が高まったのです。

 あなたは、その調査場所に迷いこんでしまった。トイレをさがすか何かして、そこへ入りこんでしまった。まったく偶然です。と、そういう返答なのだった。何という偶然だろうか。こんな幸運があり得るだろうか。話しを聞きながら、僕はちょっと興奮した。

 長い年月、岩手が好きだ、萬が好きだと、一人勝手にいってきた。その好きな相手の傍らに、今いることができる。こんな幸運があるものかと思うのである。ここには、萬、松本竣介、舟越保武の大部なコレクションがある。

 それぞれに、冥想的で内面的で、奥深く叙情的だが、これが岩手の感性なのだと、僕はもう決めつけている。岩手は奥深い。静かにのっそりと深まっている。いや、岩手だけではないのだろう。東北の感性の深くてつつましくて、ちゃらちゃらしないところに引きつけられる。そこに根を張って、ぬっと東北の面がまえをもたげているような美術館に、やがてだが、この美術館はなるのだと思う。

美連協ニュース104号(2009年11月号)より転載(※役職は掲載時)



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