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第35回 「心に残る医療」体験記コンクール 〜あなたの医療体験・介護体験を募集します〜

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第35回入賞作品

<一般の部> 入選

宝物に出会えた

川野 美緒(かわの みお)(52)和歌山県

「今まで何回、流産したの?」

入院して早々、向かいのベッドの女性にそう聞かれた。

「3回だけど…」

「3回か。そんなのまだまだ少ない方だよ。私なんか5回だよ」。その女性は明るく言った。

この産科婦人科病棟は多くの妊婦が入院している。共通しているのはみんな今までに2回以上の流産、死産を経験していること。つまり不育症の患者だということだった。

私は38歳で結婚した。そして2年の間に3回流産した。自分の体に原因があるのかもしれないと考え、大学病院で詳しい検査を受け、抗リン脂質抗体症候群であると診断された。血液が固まりやすく、胎盤に血栓ができやすい。それで赤ちゃんに栄養がいかなくなり流産してしまうのだ。3度目の妊娠の時には血栓を防ぐための薬の服用、注射をする治療をしたにもかかわらず妊娠7週でやはり流産してしまった。

流産を繰り返すたび子供を持ちたいという気持ちは強くなっていった。子供の存在は人生を完成させるためになくてはならないピースだとさえ考えるようになった。簡単にそれを得ている女性を見ると「どうして私だけ」と悔しさがこみあげてきた。医師からは年齢を考え、早く次の妊娠に向かって努力するよう言われ続けた。仕事もやめ、家にひきこもりがちの日々。そんな時、インターネットで不育症専門の診療科がある病院の存在を知った。どんよりとした日常に耐え切れなくなっていた私は思い切ってその病院に行ってみることにした。

不育症専門診療科のA先生は初診で緊張気味の私を笑顔で迎えてくれた。ストレスと流産に密接な関係があること、できる限りストレスを取り除く治療をする方針で、妊娠したら流産の危険がなくなるまで入院するシステムであるという説明を受けた。

「あなたたち不育症の人たちはサラブレッドなんですよ」。最後に先生はそう言った。

「サラブレッドは優秀であるからこそ子孫を残しにくい。それと同じです」

今までかかった幾つかの病院では年齢を考えて妊娠を急ぐように必ず言われたが、A先生からはそんな言葉は一切言われなかった。

そして私は4度目の妊娠をし、こうして入院することになったのだ。入院して数日後、経過が順調な隣のベッドの30歳の女の子が退院していった。その日は40歳ぐらいの女性が彼女の退院を見送るためにわざわざ病室まで来ていた。その女性は少し前まで入院していたが流産をしてしまい、退院したのだという。そんなつらい時期とは思えぬほど彼女の笑顔は穏やかに見えた。

入院生活は、外出も自由、外泊も自由、外食も自由というのびのびとしたものだった。そんな中、お腹(なか)の赤ちゃんは、順調に成長していった。同じ境遇の人たちと親しく話すようになって、自分だけがつらい思いをしてきたのではないと気づくこともできた。

過去に流産した時期も乗り越え、退院の話も出始めたある日の深夜、私は大量の出血をした。かけつけた看護師さんは私のショックを考え、ベッドを個室へと移動してくれた。当直の先生に診てもらっても結果が変わるわけではない。私は睡眠薬をもらい、明日のA先生の診察を待つことになった。

まただめだった。もう、あきらめた方がいいのか。白い天井を見つめ考えた。子供を得るのが幸せの条件と考えてきたけれど。ふと退院を見送りに来ていた女性の笑顔が浮かんだ。生きる意味って何だろう? ほしいものを手に入れることだろうか? あの女性のように人の為(ため)に、静かにほほ笑むことができる、きれいな心の持ち主になることではないの?

翌日、朝一番にA先生の診察を受けた。そして私は先生の言葉を信じられない思いで聞いた。

「赤ちゃん、元気ですよ。足をバタバタさせているよ」。涙があふれた。

あれから10年、元気に育つ子供を見ながら、多くの人に助けられ、生まれた命であるのを忘れないようにしなければと思う。

「あなたたちはサラブレッド」。A先生はそう言って失くしていた自信を取り戻そうとしてくれた。「どんどん出歩きなさい」と言い、お腹の赤ちゃんばかりに意識を集中しがちな気持ちを楽にしてくれた。そして、あそこで出会った同じ境遇の女性たちには大切なことをたくさん教えてもらった。涙と笑顔のつまった約2か月間の入院生活は私の一生の宝物となった。


(敬称略・学年などは2017年2月18日時点)

  • (注)入賞作品を無断で使用したり、転用したり、個人、家庭での読書以外の目的で複写することは法律で禁じられています。


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  • 主催
  • 日本医師会
  • 読売新聞社
  • 後援
  •  厚生労働省
  • 協賛
  • 東京海上日動 東京海上日動あんしん生命

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