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第35回 「心に残る医療」体験記コンクール 〜あなたの医療体験・介護体験を募集します〜

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第35回入賞作品

<一般の部> 入選

飛べ、あの空に向って

加賀 麗子(かが れいこ)(78)埼玉県

平成7年の6月私は脳梗塞を患った。

言葉と、右の手足に後遺症が残った。それに思考もまだらで、掘り下げて物事を考えることもできなかった。まさに、2、3歳くらいの幼児並み。恥ずかしいという感覚も頓挫していた。ところがそれが幸いしてテニスに没頭でき、最大のリハビリとなり奇跡が起きた。人生何が幸いするかわからないものだ。

長年親しんだ仲間たちと一緒に練習したい。だが、足は引っ張りたくない。そこで始めたのが壁打ち。少々背中の丸まった足の不自由なばぁーさんが、何を血迷ったか、学校の校庭で壁打ちをしている。ボールを追っかけては転び、はたまた同じ場所で足踏みをしている。今思うとまるで妖怪変化。私は、上手(うま)くなりたい一心でボールを追っかけていたのだが。

そんな私を犬の散歩中に見たええ格好しいの夫、俺が壁のかわりになるから、校庭での壁打ちやめろよと言う。たとえ病気だったとしても、あれが我が女房とは信じたくもなかったろう。すぐさまボールを買いに走った。

桜の花が満開の季節、私は壁打ちを卒業した。

道路を挟んだ反対側にテニスコートがあり、夫婦2人の練習が始まった。夫は、ラケットはもちろん、テニスのボールさえ手にしたことのないずぶの素人。それも、60過ぎだ。コントロールの悪さは並大抵ではない。野球のやり過ぎで肩を痛めたと弁解していたが、その必要など全くない。ボールになかなか反応しない私と、どっこい、どっこいと言える。

天使が舞い、運が上向きになる。欠けている脳がそう囁(ささや)く。希望の幕開けと言いたいところだが、上達には程遠かった。

だが、休みなくボールが飛んで来る。何度か私の試合を見ている夫は、エキサイトし、辛辣(しんらつ)な言葉を投げかける。もっと機敏に動けとか、気持ちの持ちようだとか言いたい放題。夫の言っていることはその通りだ。頭がいかれたとはいえ、何十年も続けたテニスだ。何となくはわかるが、手足が思うように動いてくれない。それでも時には、いいタイミングで打てたと顔をほころばせて褒める。

夫だという安心からか、派手に転ぼうが、タイミングが外れて空振りしようが、まったく気にならなかった。

そんな日が続くと、諸々(もろもろ)のことが心に芽吹き始める。そして自然と縮こまった体がときほぐれ、気持ちがおおらかになる。そうなればしめたものだ。クエスチョンマークに磨きがかかり、なぜ転ぶのか? なぜ空振りするのか? なぜボールが飛ばないのか? 夫とのこの練習で私は、納得のいくまで考える手筈(てはず)を胸に刻んだ。結論をだすのに時間はかかったが、大きな収穫だった。つまり、奇跡に向かっての助走に、大いに弾みをつけたことになる。

暑さも格別のある日、私は注意力散漫だった。それでも夫はマシンのようにボールをだしていた。そんな時である。まさかのボールに飛びついてボレーをしていた。バックボレーだ。テニスをしている人であれば誰にでもできることで、最高のプレーをしたわけではない。だが今の私としては驚きの動作で、よくぞ反応したと言える。「ナイスショット!」。夫のその声が、澄みきった空にこだまし、蝉(せみ)の鳴き声とともに弾けた。涼しい顔でラケットを小脇にかかえ、そして親指を上に突き出し、「ナイスナイス」とも言った。

考えてみれば、夫と過ごした40年近い長い年月の間で、これほど2人の気持ちが一つになったことがあったろうか……。私は嬉しさのあまり、夫のもとに小走りで駆け寄った。そして夫に握手を求めた。

「あれ? どうしたの? 血が出ているよ」

握手した夫の人さし指が、血まみれになっていた。あろうことか、血豆が破れて赤剥(む)けになっていたのだ。それもそうであろう。トータルして1000個ちかいボールを、2時間ぶっ通し投げ続けていれば、誰だってそうなる。ましてや初心者。加減もへったくれもない。前から血豆ができていたのだろう。

涙が頬をつたわったとしても当たり前だ。

誰もが言うように、私の病に奇跡が起きたとすれば、この時をおいては考えられない。もちろん親友や仲間の手助けがあったことは言うまでもない。そしてその人たちを蔑(ないがし)ろにする気など更々ない。奇跡に助走をつけたのは、この人たちだ。その敷かれた助走を奇跡に向かって夫と私は、澄み切った青空に向かって高く、高く飛んだ。

この2人、ごく普通の、どこにでもいる夫婦だ。特別、夫婦仲がよかったわけではない。人並みに喧嘩(けんか)もした。そして、別れると騒いだことも一度や二度ではない。しかしこの練習が、一番のリハビリとなり奇跡を起こした。それはまさしく夫が私にくれた、最高のプレゼントだ。あれから15年。脳の回線も繋(つな)がり、仲間と一緒にテニスモドキを楽しむ。そしてばかっ話に興ずる。煌(きら)めく幸せな笑い声が、シャボン玉のように空に舞って散った。


(敬称略・学年などは2017年2月18日時点)

  • (注)入賞作品を無断で使用したり、転用したり、個人、家庭での読書以外の目的で複写することは法律で禁じられています。


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  • 主催
  • 日本医師会
  • 読売新聞社
  • 後援
  •  厚生労働省
  • 協賛
  • 東京海上日動 東京海上日動あんしん生命

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