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第34回 「心に残る医療」体験記コンクール 〜あなたの医療体験・介護体験を募集します〜

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第34回入賞作品

<中高生の部> 優秀賞

T先生のレンガ病院

八木橋 由祈子(やぎはし ゆきこ)(14)千葉県

1 押せない鍵盤

「親指、どうしたの?」

母にそう言われて、私は音符を睨み付けていた眼を自分の指に重ねた。まったく気付かなかった。自分の親指が曲がっていることに。3兄弟の中で、一番元気に産まれた私は「怖い」とか「嫌だ」というよりも、その時、ただただ「驚き」だけを感じていた。

特に2番目の兄は産まれた時、肺が十分に膨らまず集中治療室に入れられ、しばらくの間、入院したらしい。その後、兄は健康に過ごして今に至るが、今でもよく骨を折っては部活の後輩に心配されていた。一方の私といえば、病気とは縁がないようで風邪をひくこともほとんどなかった。それだけに、私は自分の親指を見つめながら、ただただ静かに驚いていた。

2 パーはグーよりも強いから

母が連れてきてくれた病院は、私の想像とはかなり違った。偏見かもしれないが、私のイメージは清潔感のある白くて大きな建物、それが病院だった。しかし、これから私が1年間お世話になることとなったその病院は、レンガ造りの建物で、「三匹の子ブタ」を思わせた。病院の中は人でいっぱいで、包帯を巻いている人もいた。名前が呼ばれて診察室に入ると、T先生がにっこりと笑って、椅子を示し、「どうぞ」と言った。私は、いったい何をするんだろうと緊張していたが、続いたT先生の言葉は意外なものだった。

「ジャンケンしようか」

T先生は、いたずらっ子のような顔をしてまた笑った。それから必ず診察の最初にジャンケンをするようになった。先生はグーばかりを出し、私はパーばかりを出した。このジャンケンに意味があったと知ったのは、中学生になってからだった。T先生は私にパーを出させることによって、手を広げさせ、親指が伸びているかを確かめていたのだ。私はこの話を母から聞いて、すっかり感心してしまった。「パーはグーより強い」というのがルールだが、本当の意味で勝っていたのは、グーを出し続けた先生の方なのかもしれない。

3 まっ白な手

T先生の病院に通い始めて、少し経った頃、私は親指が曲がっている右手の型をとり、石膏のモデルをつくった。棒キャンディーみたいに石膏でできた私の右手が棒にささっていて、ずっしりとした重みがあった。私は最後に記念としてその右手をもらい、「珍しい物を手に入れた」と喜んだ。たびたび右手に重ね、

「そっくりだね!」

と興奮しながら叫んだのを覚えている。私は自分の部屋の棚にそのまっ白な右手を飾った。

今、その右手を見ると私が部活をしていることや、お琴を習っていること、当たり前だと感じていることの重要さが「白」を通り抜けてひしひしと伝わってくる。まっ白な右手は「珍しい物」ではなく、「大切な物」に変わりつつあるのだろう。

4 たなばたさま

私は毎回診察を待っている間、病院の本棚にあったピアノ付きの、童謡がたくさん載っている本で遊んでいた。親指は使えないのでそれ以外の指で鍵盤を押して演奏した。

いつも弾く曲は決まっていて「たなばたさま」だった。「ささのはさらさら、のきばにゆれる」。有名な曲なので知っている人も多いと思うが、これが本に載っている中で一番簡単な曲だったのだ。何十回弾いてもリズム良く演奏できなくて、5本の指がすべて使えればいいのにと思った。この時初めて自分の親指が曲がっていることを「嫌だ」と感じた。

T先生の治療は1年間におよんだが、その間私が苦痛を感じたのはその時だけだった。

最後の日も私はジャンケンに勝った。T先生は私に、あのピアノ付きの本をくれた。私はその場で本を開き、ページをめくった。「たなばたさま」のページを開き、鍵盤に指をおく。せっかく5本の指が使えるのに、私は嬉しくて親指だけで演奏した。リズム良く演奏はできなかったけれど、私はただただ嬉しくて、親指で弾き続けた。

5 そして、今

私はこの作文を書くにあたって、母に質問したり、幼稚園のころを思い出したりしたわけだが、病気のことを思い出しているのに、まるで楽しかったことを思い出しているみたいだった。そのおかげか、私は幼い頃から病院を怖いと思わなかった。私にとって「病院」はT先生との思い出の場所なのだ。

今でもときどき、T先生と話すことがあるが、まるで家族のような親しみを感じる。私は、親指を治してくれたのはT先生で良かったと思う。


(敬称略・学年などは2016年2月6日時点)

  • (注)入賞作品を無断で使用したり、転用したり、個人、家庭での読書以外の目的で複写することは法律で禁じられています。


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  • 主催
  • 日本医師会
  • 読売新聞社
  • 後援
  •  厚生労働省
  • 協賛
  • 東京海上日動 東京海上日動あんしん生命

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