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第34回 「心に残る医療」体験記コンクール 〜あなたの医療体験・介護体験を募集します〜

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第34回入賞作品

<一般の部> 入選

病気と共に生きる

藤戸 阿由美(ふじと あゆみ)(32)佐賀県

「この病気はね、君の個性なんだよ」

当時8歳の私には、院長先生がかけてくださったこの言葉の意味が分からなかった。病気を受け入れることができない私の悩みを頷きながら聞いてくださった先生は、不意にデスクの電話を手に取った。この一本の電話が、悔しくて泣いてばかりの日々に初めて光をもたらしてくれたことを、私は決して忘れない。

私は、乳児期から重度の食物アレルギーがあった。当時は治療法も確立しておらず、社会的にもアレルギーという病気があまり知られていなかった時代。全身ケロイド状になるまでただれた原因不明の湿疹を治すため、母は血だらけの赤ん坊を抱いて数々の病院を回った。そして、ようやくその原因を突き止めてくださったのが、F病院の院長先生だった。

原因食品は多数あった。卵・乳・大豆・小麦・牛肉・鶏肉・青魚等…。度々アナフィラキシーを起こし、「この子は20歳まで生きられないかもしれない」と母が覚悟するほど、死と隣り合わせの日々だった。

受け入れてくれる幼稚園もなかなか見つからず、小学校での給食は毎日お弁当を持参した。私が仲間外れにされることがないようにと、母は給食の献立に合わせてアレルギー食を作ってくれた。「いつもお弁当で好きなものが食べられていいな〜」。悪気のない友達の言葉に、笑って説明しながらも心の中で泣いていた。からかわれて泣いて帰ったこと、外食先で「好き嫌いはやめてください」と言われたこともあった。皆が嫌がる納豆だって食べてみたかった。テレビで見る真っ白い誕生日ケーキなんて夢のまた夢の存在だった。

8歳のある日、「どうして私だけこんな思いをしなくちゃいけないの…」と泣きながら紙にぶつけた。精一杯のことをしてくれている両親には本音を言えず、その紙を見せるつもりもなかった。ところが数日後、私が寝ている傍で両親の声が聞こえてきた。母がその紙を見つけてしまったのだった。悲しむ両親の声に、目をつぶったまま一人決意した。「もう病気のことで泣くのはやめよう!」

とはいえ、どうしたら前を向けるか分からず塞ぎ込む8歳の私に、院長先生はこうおっしゃった。「この病気はね、個性なんだよ。いま君が感じている苦しみを、将来仕事として生かすことだってできるんだよ」

そして、先生は受話器を手に取り内線で話を始めた。先生に言われるがまま案内された部屋は、栄養管理室だった。入院患者の食事を管理するこの部屋には、通常入ることなどできない。でも、管理栄養士の先生は優しく迎えてくれ、管理栄養士の仕事内容や資格が取れる大学等、子どもの私に真剣に説明してくれた。私の悲しみこそ、病気で食べたいものが食べられない人達の苦しみに寄り添う力になれるのだと教えていただいた。院長先生は、私の食に対するこだわりと熱意が管理栄養士に向いていると、私の個性を見出してくれたのだ。「こんな私でも誰かの役に立てるの?」。初めて自分の将来に一本の光が見えた気がした。すでに志望大学も決まった。

勉強は苦手で授業についていくのがやっとだった私が、将来の夢が見つかってからは机に向かう時間が増え、勉強が楽しくなっていった。その10年後、念願の志望大学に合格、もちろん病院実習では真っ先にF病院を志望し、無事に国家試験にも合格できた。ところが、いよいよ就職活動という時になり心が揺れた。「もっと幅広く子ども達に食の大切さを伝えていきたい。自分の苦しい経験だって糧にできることを伝えていきたい!」。家庭科の授業の大切さを年々実感するようになり、教師としての道を選んだ。

そして、そんな私の考えを大切にしてくれる人と出会い、結婚。寺院ということで教職との両立を諦めなければならなかったが、たくさんの方々のいのちと向き合わせていただく中で、自分が病気から学んだことの大切さを実感する日々を送っている。

現在、3歳の息子もアレルギーや喘息がありF病院でお世話になっている。F病院では、重症アレルギーがある乳幼児の親を対象にアレルギー教室が開催されており、私は25期生として通った。実は、私の母が記念すべき1期生だった。私が子どもの頃この病院から希望をもらったように、母はどれほど救われたことだろう…。私も親になってみて初めて当時の母の気持ちに気づき、胸が熱くなった。

院長先生の言葉が、あの電話がなければ、管理栄養士の先生との出会いがなければ、私はずっと病気を責め、自分の存在を受け入れることができなかったかもしれない。

治療だけでなく、病気を個性として受け入れ「病気と共に生きる」ことを教えてくれた先生方には感謝してもしきれない。入院中・治療中はもちろん辛い時もあったが、それ以上にF病院には安心と希望が溢れている。

先生、ありがとう。今度は、先生から頂いたこの言葉を息子に伝えていきますね。


(敬称略・学年などは2016年2月6日時点)

  • (注)入賞作品を無断で使用したり、転用したり、個人、家庭での読書以外の目的で複写することは法律で禁じられています。


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  • 主催
  • 日本医師会
  • 読売新聞社
  • 後援
  •  厚生労働省
  • 協賛
  • 東京海上日動 東京海上日動あんしん生命

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