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第34回 「心に残る医療」体験記コンクール 〜あなたの医療体験・介護体験を募集します〜

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第34回入賞作品

<一般の部> 入選

命をいただいて

上島 博(うえじま ひろし)(60)奈良県

荷物を持って大部屋に入った。となりのベッドの人が、「白血病ですか?」。

ああ、私はそんなところへ来たのだ。生まれて初めての入院は、長期戦になりそうだ。

一月前の人間ドックで強く勧められて受診した血液内科。そこで告げられたのが、骨髄異形成症候群(MDS)という病名だった。血球が正常に作られず、貧血などの症状を呈する。進行すれば白血病にもなるという。

「年単位の治療が必要です。骨髄移植も視野に入れなければいけない病気です」

落ち着いているつもりだったけれど、シャツの下が汗ばむのが分かった。

職場は小学校。入院まで1か月の猶予があるので、仕事の引き継ぎをし、担当の6年生に休むことを告げ、最後になるかも知れない運動会もして、入院の日を迎えたのだった。

不謹慎かも知れないが、ちょっとのんびりできるというわくわく感もあった。実際、仕事をしていた時とちがって、ストレスがほとんどなくなった。看護師さんたちはやさしいし、食事もおいしい。同室の人たちとも楽しくすごせた。17歳の少年は、ロビーでいつも勉強をしていた。名聞だけでK大学を目指していた彼は、病気に出会うことで、医者になりたいという夢を持つようになった。

私は、MDS専用の治療薬の投与を受けたが、明らかな効果が表れないまま、少し動いただけで息が切れるようになった。その内、輸血が必要だと言われた。ヘモグロビンの値が低くなっていたのだ。400ミリリットルの赤いパック。どなたかの善意と生命が込められている。輸血してもらうと元気が出る。あらためて血液って大切なのだと実感した。1週間後にヘモグロビンがまた下がって、再度輸血が必要になった時は悲しかった。人の善意によって私はなんとか命をつなぐことができた。

いよいよ、骨髄移植が現実味を帯びてきた。HLAが適合した兄にお願いすると、ふたつ返事で引き受けてくれた。きっと、兄も兄の家族も不安があっただろうに。

しかし先生は、「骨髄移植は夢の治療法ではありません」と、おっしゃった。移植したからと言って、すべての人が治癒する訳ではない。重篤な後遺症が残る場合もある。移植前後に命に関わる事態が起きることもある。

これは随分考えた。いろんな人に意見を求め、本を読み、考えた。それで道理ある結論にたどりつけた訳ではない。

しかし、流れは移植に向かっていた。年齢がもう少し高ければ移植できない、兄と適合しなければできない、その兄は快く引き受けてくれた、最新の医療技術を持つ病院に入院できて、優秀な先生方がチームを組んで治療してくださっている。

移植したくてもできない人は、きっとたくさんいる。世界を見れば、医者にかかれない人さえいるのだ。多くの人の努力と善意が結集して、高度な医療が私に用意されている。この流れに乗っていこう、そう思った。

しかし、移植を前にして熱が出た。肺炎だった。移植どころか、命に関わる事態だったようだ。強い抗生剤が使われた。気がつくと黒い物が紫に見える。白い壁に黄色いもやもやが見える。目をつぶると、次々に映像が現れる。起きているのに夢を見ているような状態。今はまだ現実との区別がついているが、先のことを考えると怖くなった。

看護師さんに話をした。心配そうに聞いた後、いつもの笑顔はひっこめて、「私たちは、どんなことがあっても上島さんを支えますよ」と、きっぱりと言ってくださった。

やがて熱は下がり、黒い物は黒く見えるようになった。2か月の回り道をしたが、移植の日程が決まった。

その前に、3日間一時帰宅することになった。先生は、「移植は厳しい治療です。一旦自宅に帰って、リフレッシュしてきてください」と。先生のおっしゃりたいことは、分かった。それで私は、友達に会って他愛ない話をしたり、実家に行って親の顔を見たりしながら、心の中でお別れを言ってきた。

そして移植日。兄にとっては全身麻酔の「手術」である。午前中をかけて兄の骨髄から吸引された血液が、昼過ぎに私のクリーンルームにやってきた。澄んだ血の色をした1リットルもの骨髄液のパック。一滴一滴、その命の元を私の体にいただいた。点滴が終わりに近づいたのは真夜中。看護師さんはパックを高く掲げ、最後の一滴まで送ってくださった。

それから2年3か月。兄の造血幹細胞は私の中で力強く血液を生み出してくれている。私は今、たしかに生きている。復職まで果たした。なんと、4年生の学級担任をしているのだ。私が病気だったことを知っている子どもたちは、誕生日を教室で祝ってくれた。私は多分、日本で一番幸せな60歳の学級担任である。


(敬称略・学年などは2016年2月6日時点)

  • (注)入賞作品を無断で使用したり、転用したり、個人、家庭での読書以外の目的で複写することは法律で禁じられています。


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  • 主催
  • 日本医師会
  • 読売新聞社
  • 後援
  •  厚生労働省
  • 協賛
  • 東京海上日動 東京海上日動あんしん生命

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