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第34回 「心に残る医療」体験記コンクール 〜あなたの医療体験・介護体験を募集します〜

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第34回入賞作品

<一般の部> 入選

ありがとう

岩間 泰子(いわま やすこ)(40)東京都

私は息子から、「お母さん」と呼ばれる事はおそらく一生ないであろう。そして、息子と手を繋いで歩くことも、おそらく一生できないだろう。9歳の息子は、話す事も、歩く事も出来ない。今までずっと、ずっと当たり前の事だと思っていた。歩いたり、話したりする事。当たり前に出来るものだと思っていた。でも私の息子にはそれが出来ない。私は、障害児を授かった。

私の息子は、「モワット・ウイルソン症候群」という難病を抱えて生きている。これまで何度も発作を起こし救急車で運ばれて、その小さな体に無数の鎮静剤を投与し、「このまま生きて家に帰れるだろうか」と何度思ったかわからない。1歳を過ぎても歩くことはおろか、お座りさえ出来ず、目線も合わないし意思表示も無い。でも、それでもいつか突然歩きだして、ある日突然喋りだすのじゃないかと、本気でそう思っていた。だけど、私の息子の成長は皆無に等しく、入退院を繰り返しては他の子と差が拡がるばかり。外に出るのも段々と億劫になり引きこもってしまうようになった。ネットでこの障害の事を調べてみても何の情報も出てこない。私達はこれからどうやって生きていこうか、今後はどうなるのだろうか。途方に暮れる毎日だった。世間から取り残されてしまったような、そんな気さえした。

息子を診断してくれた先生は私達に最初に言った。「一番大切な事は、家族が笑ってハッピーに生きることです」と。私は、正直この言葉の意味を理解する事が出来なかった。ただ、頷くだけだった。それからの診察でも先生は一つ一つ丁寧に、そして言葉を選びながらいつも真剣に私の話を聞いてくれた。そんなやり取りをしていく中で、私は「ハッピーに生きる」ことの難しさを感じ始めた。考えれば考えるほど難しい。そして先生の診察を受ける度にこの「笑顔でハッピーに生きる」という言葉の重みを感じていた。

私達夫婦は少しずつ、このままずっと家族3人で生きていくのだろうか、と考え始めていた。脚が3本じゃグラグラしないだろうか、4本になって初めて地に脚がついて安定するのかな…。そんな事を感じた。でも次の妊娠…。すごくすごく不安だった。怖かった。次も障害のある子供を授かる場合だってある。その時私はどうすればよいのだろう。そんな気持ちを全て先生にぶつけてみた。すると先生は言った。「岩間さんのこれまでの苦しみ、悲しみ、そういった全ての思いは誰にもわからない。岩間さんにしかわからない。僕は間近で聞いているから少しは気持ちがわかるけど、全てはわからない。でも、寄り添う事は出来る」。先生は1つ1つ言葉を噛み締めながらゆっくりと穏やかにそう言った。私は、張り詰めていた心がすーっと抜けていく感じがした。そして決めた。「どんな子であれ、授かった大事な命、これは神様からの贈り物なのだ。何かあったら生まれたとき考えよう。」出生前診断をしない決断をした。私達の時代は、検体を海外へ出してその後わずか2週間余りで今後の道筋を決めなければならない、そんな時代だった。制約もあるし、倫理性も計り知れない難しさが問われていたと思う。でも命の尊さ、授かる事が出来た慶び、先生の言葉、一番大切なことは何かを思いながら不安と闘い、10か月間を過ごした。

そして無事に産まれた時、息子がお世話になった何人もの先生が分娩室へ来てくださり「元気な赤ちゃんだね!」と言葉を頂いたことを意識が遠のきながらも今も鮮明に憶えている。2人目の誕生は、家族に花を咲かせてくれて、明るい風を運んできてくれた。そして2人の子供は私の人生に彩りを加えてくれた。

生きることは苦しいし、辛い。でもその先に、ほんの小さな光が見えるから頑張れる。濁りなく、輝いているように私には見える。息子と出逢って9年、正直辛いことの方が多かったかもしれない。でも、何より大切なことを教わった。たくさんの人に支えてもらい、こうやって日常をを送れる事。当たり前のことがどれだけありがたいことなのか、どれだけ難しいことなのか、そのことを子供が教えてくれたから、だから幸せを感じる。

私は今日も、子供達の笑顔に出会える。これからもずっとずっと、彩りを加えてくれる、そんな子供達と共に生きていけることに、ありがとう。そして、支えてくれている全ての人々にありがとう。

今日も、家の中には花が咲いている。時々しおれてしまいそうになりながらも、「ごめん、ごめん」と言いながら水をあげている。


(敬称略・学年などは2016年2月6日時点)

  • (注)入賞作品を無断で使用したり、転用したり、個人、家庭での読書以外の目的で複写することは法律で禁じられています。


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  • 主催
  • 日本医師会
  • 読売新聞社
  • 後援
  •  厚生労働省
  • 協賛
  • 東京海上日動 東京海上日動あんしん生命

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