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第34回 「心に残る医療」体験記コンクール 〜あなたの医療体験・介護体験を募集します〜

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第34回入賞作品

<一般の部> 入選

母の心の目に見えたもの

中村 和子(なかむら かずこ)(64)千葉県

「中絶することをお勧めします」

突然、私の頬を思いきりひっぱたくような産婦人科医の言葉。私は必死に声を振り絞って言いました。

「産みたいんです。産ませてください」

それでも医師は、たんたんと言葉を続けました。

「中村さんが、首をつろうとしているのに私は、足を引っ張ることなどできません。あなたの目の病気は、出産には耐えられないでしょう、それに…」

実は私は、網膜色素変性症という難病のために、いずれは失明すると宣告されていました。今は、ぼんやりと医師の姿が見えます。

医師は、言いにくそうに、

「それに、あなたの目の病気が生まれて来る子に遺伝する可能性もあるんですよ。それでもいいのですか?」

私は、少しも躊躇いませんでした。

「先生、産ませてください。生まれて来た子に多くのことはしてあげられないかもしれないけれど、母として懸命に生きる姿は見せてあげられると思います。ですから、どうぞ産ませてください」

きっと生意気に聞こえたかもしれません。でも私は必死だったのです。

目の病気を知った時、将来を思ってマッサージ師の資格をとりました。病院に就職し、交通事故の後遺症や脳疾患で半身麻痺になった患者さんに、医師の指導のもと、機能訓練を施していました。

そこで身をもって知ったのは、命がどれほど貴重なものかということでした。治療のかいもなく、多くの方が亡くなりました。子供を亡くした母親の叫ぶ声が、今でも耳の奥に残っています。人は、一人で生きているように思えても一人ではない…。周りの多くの人に支えられ、生きている。そして命は何にもかえられないのです。

たとえ私が出産によって失明しても、失うのは命ではないのです。こうして生きている私のお腹の中で命が誕生し、息づいているのです。どうしてその命を絶つことなどできるでしょうか。

娘を無事出産しました。そして私の目の病気は、確実に失明に向かって行きました。懸命に育児をおこないました。そんな私が心がけたのは、いつも明るい笑顔のお母さんでいることでした。

月日の流れは、早いものです。娘は看護師になりました。物心ついてからずーっと病気だった父親、そして徐々に見えなくなってついに失明してしまった母親の元でめげることなく成長しました。

勤務先の病院でのこと、糖尿病の合併症で失明した患者さんが、

「もう、死にたいよう…」

涙ながらにそう訴える時、娘は患者さんの手をやさしく握り、

「どんなことがあっても生きるのよ。私のお母さんはね。私を産んで何も見えなくなったの。それでも『生きていて良かった』って言っているわよ。病気に負けないで…」

と、励ましながらも、患者さんのこれからを思って一緒に泣いてしまったそうです。

こんなこともあったそうです。Aさんという目の不自由な年配の女性が入院して来ました。無口な方で、朝、検温のために病室を訪ねた時、病室の皆さんに挨拶をしても、その方は黙っていました。娘は、母親の私のことを思い出して思ったそうです。自分が挨拶をされているのかどうかが、わからないのではないだろうか、と。

そこで、病室に入ると、

「Aさん、おはようございます。看護師の中村です。具合はどうですか?」

と、言いながら、Aさんの肩を優しく撫でました。するとどうでしょう、Aさんが、

「おはようございます」と、挨拶を返したのでした。それからというもの、少しずつ話すようになり、誰よりも娘に心を開いてくれるようになったそうです。

娘が私にしみじみと言ってくれました。

「ずーっと、お母さんを見てきてわかったのよ。いろんな障害を持って生きることは大変なことだけど、まわりの人たち皆が理解すると、人はその人らしく生きられるってことが…ね」

ある時、病院の看護師の学習会で、娘は皆に伝えたそうです。目の不自由な方が受診したり入院したりする時に、どのように対応できるか、と。

私は、母親として娘が心優しい看護師として成長していけますように、といつも祈っています。その娘も母になりました。

今、何も見えなくなった私ですが、心の目には懸命に働く娘のナース服の姿がはっきりと見えるのでした…。


(敬称略・学年などは2016年2月6日時点)

  • (注)入賞作品を無断で使用したり、転用したり、個人、家庭での読書以外の目的で複写することは法律で禁じられています。


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  • 主催
  • 日本医師会
  • 読売新聞社
  • 後援
  •  厚生労働省
  • 協賛
  • 東京海上日動 東京海上日動あんしん生命

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