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第32回 「心に残る医療」体験記コンクール 〜あなたの医療体験・介護体験を募集します〜

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第32回入賞作品

<中高生の部> 最優秀賞

新しい回路

戸島響(とじまひびき)(13)福岡県

六年生の春、ゴールデンウィークにおばあちゃんとかわいいカフェに行きました。私はフランス産のかわいい瓶に入ったパイナップルジュースを飲みました。

私のおばあちゃんは出掛ける事が大好きな人で、変わったお店や、素敵なカフェをいっぱい知っています。

パイナップルジュースの瓶がとってもかわいかったので、お店の人にもらっていいかおばあちゃんが聞いてくれました。おばあちゃんはストローの包み紙を瓶の口にまわして、小さなリボンにしてくれました。

その翌日おばあちゃんは倒れました。

おじいちゃんが旅行に行って留守にしている間でした。

倒れてから三日目におばあちゃんは見つかりました。

病院にかけつけると、おばあちゃんはいろんな機械につながれていました。脱水症状がひどく、唇は水気がなくひび割れていました。同じ姿勢で丸二日倒れていたので、腰や足に床ずれができて皮膚は変色していました。

おばあちゃんは意識がもうろうとしていて、話すことも目を開けることも難しいようでした。

私はショックのあまり、おばあちゃんに一言も話しかけることができませんでした。

「おばあちゃん、おばあちゃん・・・」

と自分にしか聞こえない小さな声でつぶやくことしかできませんでした。

ベッドに寝ているおばあちゃんは、私の知っているおしゃれで元気なおばあちゃんとはまるで別人でした。

おじいちゃんは、旅行になんか行かなければよかったと後悔しているようでした。強くて無口なおじいちゃんが泣いているのを初めてみました。

お母さんもせめてもう1日早くおばあちゃんに会いに行っていれば、と泣きました。

おばあちゃんの脳は血管がつまって左半身が麻痺しているので、歩くようになるのは難しいと先生に言われました。

早く気付いて、早く治療をすれば、こんなにひどい状態にはならなかったかもしれないと思うと、不運が重なったことが残念でしかたありませんでした。

おばあちゃんの体調が少し良くなってくると

さっそくリハビリが始まりました。

はじめは座ることもできませんでした。寝返りもうてないし、水を飲みたくてもコップを持ち上げることもできませんでした。着替えもトイレも自分一人では無理です。

家族全員の生活のリズムは今までとは全然違うものになりました。

みんながおばあちゃんにもう一度歩けるようになってほしいと思って一生懸命看病しました。

おばあちゃんも毎日一生懸命リハビリしました。首を支えられるようになり、座れるようになり、自分で水も飲めるようになり、おばあちゃんは少しずつ元気になってきました。

介助してもらえば、足に装具を付けてバーに沿って何とか進むことはできるようになりました。でも、一人で歩くことは難しいようです。左手も左足も力が入らないからです。

おばあちゃんに誕生日に何が欲しいか聞きました。

「歩けるようになりたいから靴がいい。」

私とお母さんは、おばあちゃんが少しでも歩きやすいようにといろんな靴を買いました。

でも、誕生日が過ぎてもおばあちゃんは歩けるようにはなりませんでした。

クリスマスは何が欲しいか聞きました。

「靴。歩きたい。」

クリスマスが過ぎてお正月になってもやっぱり左足は反応なしでした。

半年を過ぎても麻痺が改善しなかったら、もう治る見込みがないと言われて、家族みんなががっかりしました。

私は足の事をお願いするとご利益があるという妙見神社に行って、絵馬に

「おばあちゃんが歩けるようになりますように」

と書きました。

おばあちゃんはベッドに寝ている時も左足を動かす練習をしていました。

ある日突然、おばあちゃんの左足がちょっとだけ動くようになったのです。

とうとうおばあちゃんは脳の中に新しい回路を作ったのです。

小さな一歩だけど、できなかった事ができるようになったのだから、やっぱりおばあちゃんはすごい人だと思いました。

私とおばあちゃんは、いつか必ずまたあのカフェに行って、パイナップルジュースを飲みます。

次は左手も動かせるようになって、またストローの包み紙でリボンを作ってほしいです。


(敬称略・学年などは2014年3月現在)

  • (注)入賞作品を無断で使用したり、転用したり、個人、家庭での読書以外の目的で複写することは法律で禁じられています。


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  • 主催
  • 日本医師会
  • 読売新聞社
  • 後援
  •  厚生労働省
  • 協賛
  • 東京海上日動 東京海上日動あんしん生命

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