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第31回 「心に残る医療」体験記コンクール 〜あなたの医療体験・介護体験を募集します〜

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第31回入賞作品

<一般の部> 読売新聞社賞

第二の我が家

沖原 和子(おきはら かずこ)岡山・主婦

一年八カ月の間、私達家族には共に笑い、共に喜び、共に悲しんでくれる人達がいた。

私は夫と当時小学校四年生の娘と小学校一年生の息子の四人家族。息子が小学校に入学して二カ月半を過ぎた頃だった。発熱から痙攣をおこし、救急車である総合病院に搬送、そして入院。精密検査の結果、急性脳症と診断された。治療を続けるが、数日後には容体が悪化しICUへ。約一カ月の間に自発呼吸ができなくなり、人工呼吸器なしでは生きてはいられない状態になった。その後、小児病棟に戻れたが、もう意識が戻ることはないだろうという厳しい現実が待っていた。受け入れることもできずに、泣いて暮らすばかりだった。元気いっぱいの息子がなぜと問う毎日。「自分がもっと気をつけていれば、りょうくんは大丈夫だったかも。」と、自分自身を責め続けた。「学校に行く時、手を繋いでと言うりょうくんを私が嫌がったせいだ。」と、小学校四年生の娘でさえ思っていた。

「息子さんは私達が全力で見させてもらうので、お姉ちゃんにも気を配ってあげて下さい。」との先生の娘を気遣う言葉で、私は娘を後回しにしていたことに気づかされた。それから、私は娘が学校に行っている間、夫は仕事が終わり消灯まで、そして休日には娘も病院で息子と過ごす生活が始まった。

穏やかに眠っているだけで、名前を呼べば今にも目を覚ましそうな息子だが、意識は二度と戻らないだろうという辛い現実に胸が張り裂けそうだった。そんな時、まるで起きているかのように息子に優しく声をかけてくれる先生や看護師さん達を見て、きっと息子は意識が戻ると信じようと誓った。

いつも優しく息子を診察し、私達家族にも気を遣ってくれる先生と、毎日の体拭き、二時間毎のおしめ交換と痰の吸引と体の向きを変えるという忙しさの中でも、元気な頃の息子の話や他愛のない話に耳を傾けてくれる看護師さんに囲まれて、私は徐々に笑顔を取り戻していった。病棟のスタッフ全員が、「りょうちゃんが目を覚ました時、日にちが過ぎていてびっくりするだろうね。」等といつも私に寄り添ってくれた。些細なことでも崩れてしまいそうな私にとって、とても心強かった。

息子はよく体を動かしていた。一般に筋肉の収縮のため無意識に動くというが、私は息子が生きている証拠だと信じた。そんな息子が日中にほとんど動かない日があり、帰宅前に夜勤の看護師さんに話すと、翌朝、「お母さん、りょうちゃんが夜中に踊っているように動いていましたよ。きっと、りょうちゃんは夜型ですよ。」と、看護師さんが明るく報告してくれたことで、不安が消えた。

人工呼吸器のアラームが異常のないのに突然鳴ることが時々あり、甘えん坊の息子が誰かに来てほしくてわざと鳴らしているのだろうねと話していた。別の日、息子が病室でひとりの時にまたアラームが鳴った。先生が診てもアラームが止まない。そこで、先生の声かけでなんと病棟総出で病室に集まってくれた。すると、息子が満足したかのようにアラームが止まったと翌日楽しそうに話す先生。また、クリスマスにはアイスクリームのプレゼント。もちろん、食べられないが、舌で感じてほしいという心遣いだった。そんな先生のあたたかさにいつも救われた。

また、休みの日でも息子の好きな物や役に立ちそうな物を揃えてくれる方、担当でない日でも必ず息子に会いに来てくれる方、「りょうちゃんに元気をもらいにきました。」とたびたび顔を出してくれる方、夜勤の休憩中に息子の手を握って側にいてくれる方と心優しい看護師さんばかりだった。

息子の誕生日には全員で盛大に祝ってくれた。いつも多くの方に病室を出入りしてもらって、どんなに息子は楽しく居心地が良かったことだろう。私達家族にとっても同じだった。息子のいる病室こそが我が家だった。

二〇一〇年三月四日、朝から調子の悪かった息子が、夕方になって容体が急変する。一年八カ月の入院中に一度も意識が戻らないまま、多くの先生や看護師さんと共に看取られ息を引き取った。八歳という短い生涯だった。

ふと思った。夕方は診察を終えた先生方や日勤と夜勤両方の看護師さんが病棟に多く集まる時間帯である。最期の日、その時まで息子が頑張っていたのは、大好きな先生方や看護師さん達が集まるのを待って、「ありがとう。」とお礼を言いたかったのではないかと。

葬儀の日、葬儀場から火葬場までに病院の前を通ることを霊柩車の中で知った私は、思わず病棟へ電話し、五階の病棟の窓から見送ってほしいという無茶なお願いをした。すると、病院の玄関前で多くの先生や看護師さん達が並んで待っていてくれた。最後まで私達家族を支えてくれた方々に感謝という言葉だけでは言い尽くせない想い。息子を通してできたこの縁を決して忘れない。崚介がこの世で精一杯生きていたという証のためにも。


(敬称略・学年などは2013年2月現在)

  • (注)入賞作品を無断で使用したり、転用したり、個人、家庭での読書以外の目的で複写することは法律で禁じられています。


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  • 主催
  • 日本医師会
  • 読売新聞社
  • 後援
  •  厚生労働省
  • 協賛
  • 東京海上日動 東京海上日動あんしん生命

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