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第31回 「心に残る医療」体験記コンクール 〜あなたの医療体験・介護体験を募集します〜

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第31回入賞作品

<一般の部> 日本医師会賞

手をつないだまま母は逝った

大竹 伸子(おおたけ のぶこ)栃木・教員

「私たちは、綿をつめたりしないのよ。生まれたままの体でいくのだから。メガネや入れ歯も、何もいらないというふうに考えてるの。」そんなことを話しながら、二人の看護師さんが手際よく母にお気に入りのパジャマを着せてくれている。母が普段使っていた洗面器に汲んだお湯で体を拭いていく。私もそれを手伝いながら、不思議な気持ちになる。そう、母はつい今し方亡くなった。それなのにこの穏やかさは何なのだろう。訪問看護師さんからの連絡でお見えになって「十二時二十八分ですね。」そう先生はおっしゃった。もちろん大好きな母が亡くなったのだから、悲しくないわけがない。でもテレビドラマのご臨終の場面とはどこか違う。ここは私の家である。母の体には点滴のための針もついてなければ、心電図を示すモニターも見あたらない。急を聞いて駆けつけて泣き崩れる家族もいない。あれから一年以上になる今でも、あのときの穏やかさを忘れられない。

八十歳の母はガンであった。体力的に抗ガン剤治療ができなくなり、あとは在宅でということになった時、共働きの我が家での看取りができるとは思いもしなかった。しかし、世の中は変わっていた。訪問介護と訪問看護を組み合わせることで、私の留守中も母が困らないようにできるという。大学病院から紹介された先生が在宅診療の専門家でいらっしゃった。訪問看護ステーションのスタッフには二十四時間の対応をお願いできた。しかし、これまで接してきた病院で行われる医療とは大きく違っていた。先生のお世話になってから、母は一度も注射針を打たれることが無かった。検査のための採血も、点滴も無かった。食が細くなっていくのは自然のことだから、無理な栄養補給はしない。(ただし、脱水の症状が出たら、そのための対応はするという説明も受けていた。)一方で、痛みの緩和にはきちんと薬を処方してつらい思いをしないように、また、酸素の機械(ベッドサイドにおける小さなもの)を搬入して呼吸を楽にすることはした。先生は母の病気の進行を診て、その都度母の意向を尊重しながら必要な処置や処方をしてくださった。在宅での看取りはお医者様がリードするというより、患者本人と家族が納得して望んで行われるという感が強かった。

思えば五年ほど前、体調が悪くて地域の総合病院を受診した時の問診票、「ガンであった場合告知をのぞみますか」という質問に母は「いいえ」と答えていた。「私は臆病だから」と言っていた。しかしその後、膀胱ガンが見つかったという医師の説明を、母も同席して聞いた。以来、母は自分の病気と正面から向き合って勉強してきた。病状の変化にともない主治医も変わり、大学病院で摘出手術を受けたり、抗ガン剤治療をしたりする間に、自分の体を自分でしっかりと知っていたいと思うようになっていた。もちろん担当医たちの説明はいつも丁寧だった。しかし、血液検査の数値をメモしたり、いただいた検査データ票をきちんと整理していたりというのは本人の心がけがなくてはできないことである。病院の待合室においてある小冊子などは必ず目を通していたし、新聞の医療関連記事は切り抜いて保管してもいた。そうして、母は、最後に自分がどんなふうになるのかをすべてわかっていた。痛みのこと、処方される薬のことも。さらに、娘の私にもそれらの冊子類は手渡されていた。だから、私は母と最後まで隠しごとのない会話をすることができた。私が口に出したくない言葉を飲みこんでいることも承知していて、「わかっているよ」と優しく言うのだった。そんな母だったから、こうして先生に自分の望む最期の迎え方を伝えられたのだと思う。「食べられなくなったらそのままでいい」ということは、母の口から兄や姉にも伝えられていた。

ほとんど食べられなくなった母は痛み止めのために処方された薬のせいもあってか眠っている時間が長くなった。亡くなる前の晩、兄も姉も家族を連れて我が家にやってきた。総勢十五人、みんなでお別れをした。母の大好きな「埴生の宿」を私の娘がバイオリンで弾いた。「お母さん、聞こえる。みんないるよ。」とよびかけたら、「うん。」と確かに答えてくれた。それを聞いてみんなは帰っていった。その晩、私は母の隣で眠った。朝になって家族を送り出してからも、ずっと手をつないでいた。だんだん冷たくなり脈もわからなくなっていく手をさすり続けているうちに、母は旅立っていった。その時そばにいたのは実際には私一人だった。でも、家族みんなで送れたと感じている。たくさんの医療や介護のスタッフ全員に見守られていたと思える。

穏やかな死だった。先生から聞いていた通りに眠るように静かに亡くなった。人の死は本来こうあるものなのだと思う。人はいつか死ぬ。その時の医療は、従来の治療のためのものとは違うものであってもいいと思う。


(敬称略・学年などは2013年2月現在)

  • (注)入賞作品を無断で使用したり、転用したり、個人、家庭での読書以外の目的で複写することは法律で禁じられています。


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  • 主催
  • 日本医師会
  • 読売新聞社
  • 後援
  •  厚生労働省
  • 協賛
  • 東京海上日動 東京海上日動あんしん生命

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