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第31回 「心に残る医療」体験記コンクール 〜あなたの医療体験・介護体験を募集します〜

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第31回入賞作品

<一般の部> 厚生労働大臣賞

父が主役の結婚式

秋田 久美(あきた くみ)千葉・会社員

「娘さんの結婚式を病院で開かせてもらえませんか?」それは当時父が入院していた病院の看護師さんからの申し出でした。

糖尿病性腎症のため人工透析をしていた父が二〇一〇年六月、外出中に突然右足かかとから大量出血し、緊急入院となりました。知らないうちに壊疽になっていたのです。数日後、病院の先生から過酷な現実を伝えられました。「このままだと命に関わる危険があるので、明日右足を切断します」。一人っ子で七年前に母を亡くしていた私は、当時まだ独身で頼る人はなく、突然の宣告に絶望的な気持ちになりました。

父は手術後徐々に回復し、リハビリの努力で義足をつけてなんとか歩けるようになりました。その後一旦退院したのですが、ある時から原因不明で食欲が消えて食事が全くとれなくなり、体調が日増しに悪くなって再入院。その後も状態は良くならず、点滴だけの生活の中、体力は次第に衰えていきました。

その頃私の結婚が決まりました。そして結婚後は父と三人で暮らすことになる為、義足の父が快適に過ごせるよう、古い実家の建て替えを決断したのです。住宅メーカーとの打合せでは、父が車椅子の生活でも支障がないよう様々な工夫を一緒に考えました。家は数か月後に新しく生まれ変わり、あとは父の退院を待つばかり。でも父の体調は一向に良くなりませんでした。

父は私を一人残して逝ってしまうことをすごく心配していて、私の結婚が決まるととても喜んでくれました。私たちは結婚式を企画しましたが、一番の心配は父の健康でした。  昨年七月、私は先生に相談しました。「九月に結婚式を挙げる予定で式場を予約しているのですが、父が出席できるよう、その日は外出許可を出していただくことは可能でしょうか」。戻ってきたのは「かなり厳しいですね」との返事でした。その二週間後、父の容態が急変してICUに移動となり、いつどうなるかわからないので親戚を呼ぶよう告げられました。

もう残された時間はないと思った私たちは、急遽入籍しました。そして父に結婚報告をしようと大急ぎで病院に戻ると、看護師さんに「お話があります」と呼ばれ、胸が張り裂けそうになりました。「ああ、間に合わなかった…」。ところが、そこで思いがけないことを言われたのです。

「結婚の話を聞きましたが、今は危ない状態なので、お父さんの出席は難しいかもしれません。でももしご迷惑でなければ、お父さんの意識があるうちに病院で結婚式を開かせていただきたいのですが、よろしいでしょうか。既に実行委員会ができていて、私がその委員長です。準備は全てこちらで行います。あとは娘さんの承諾だけです」。この温かい申し出に私はびっくりすると共に、父に対する皆様の深い愛情を感じました。

感激のあまり私の目からは大粒の涙がボロボロとこぼれ落ちました。

私は結婚式場をキャンセルしました。突然決まった病院での結婚式の日取りはそれからわずか二週間後でした。大慌てで迎えた当日、ウェディングドレスに着替え、看護師さん手作りのブーケを手に会場となったリハビリルームへ向かうと、多くの入院患者さん達が病室から顔を出し、祝福してくれました。そして会場であっと驚く光景を目にしたのです。看護師さんだけでなく、患者さんまでもが手伝ってくれたという部屋の装飾。目の前にはリハビリ用のマットレスを利用して作ったバージンロードが広がっていました。先生のキーボード演奏による結婚行進曲、先生が牧師役となって行った結婚宣言、指輪の交換、カンパによるウェディングケーキへの入刀。更には看護師さん達によるフルート演奏、透析患者会からの手紙や花束贈呈まであり、感激の連続でした。そして私は父への手紙を読み、皆で写真撮影をした後、主人と共に退場となりました。会場の外は、入りきれなかった皆様で溢れかえっていました。この結婚式は私にとって大きな思い出になり、また父にとっても最大のプレゼントになりました。

父の血圧低下と体力の関係で、結婚式の時間は約一時間でした。その間父は幾度となく血圧や脈拍を測られ、大勢の病院の皆様に見守られる中、父は私たちをそっと見守っていました。たくさんの笑いと感動に包まれた結婚式は、病院初の試みながら大成功のうちに幕を閉じました。この様な親孝行が出来たことは最大の喜びで、皆様に深い感謝の思いでした。

それから一か月後、父はこの結婚式の模様を胸に母の元へと旅立ちました。今頃は二人で仲良く思い出を語っていると思います。父のために建て替えた新しい家で一緒に暮らすことはできませんでした。けれども父に私の花嫁姿を見せてあげられたことが何より嬉しく、世界に二つとないこの手作りの結婚式に心から満足し、一生忘れることはできません。先生、看護師さん、リハビリスタッフの方々、その他の皆様による企画と実行、結束力、思いやりに感動し、いまだに感謝の気持ちでいっぱいです。


(敬称略・学年などは2013年2月現在)

  • (注)入賞作品を無断で使用したり、転用したり、個人、家庭での読書以外の目的で複写することは法律で禁じられています。


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  • 主催
  • 日本医師会
  • 読売新聞社
  • 後援
  •  厚生労働省
  • 協賛
  • 東京海上日動 東京海上日動あんしん生命

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