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第30回 「心に残る医療」体験記コンクール 〜あなたの医療体験・介護体験を募集します〜

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第30回入賞作品

<一般の部> 厚生労働大臣賞

一通のメール

大須賀彰彦(おおすか あきひこ)(52歳)神奈川・地方公務員

8月4日の深夜、妻の携帯に今年も一通のメールが届いた。娘の祐未子が信頼し、全てを任せた主治医のK先生からである。早いものであれからもう5年になる。

祐未子はもうすぐ中学校3年生になる2003年の3月に骨盤の右側をユーイング肉腫/PNETという小児がんに侵された。

以来、辛い治療にも耐えてよく頑張ったが、2006年の8月4日に17歳と9ケ月で息を引き取った。祐未子はもともと明るく前向きな性格だったが、大人も音をあげるような厳しい小児がんの治療に何度か心が折れそうになったことがあった。その都度、祐未子と向き合い、励まし、支え続けてくれたのが、K先生をはじめとしたY大医学部付属病院小児科病棟のスタッフの皆さんだった。大学病院の小児科病棟の現場は本当に過酷だ。私たち患児の親が毎日、病院に行くのは当然だが、ドクターたちは常に朝早くから夜遅くまで子どもたちに寄り添っている。ある日、祐未子に「先生は土日も病院にいるけど、いつ休んでいるのかな?」と聞くと、「本当はね、土日はお休みだけど、私たちが心配だから来てくれているんだよ。先生、大丈夫かな。」と先生の身体を気遣っていた。

ユーイング肉腫/PNETは成長期の子どもの骨に発生する悪性度の高い腫瘍で、症例も非常に少なく、治療の難しい病気だったが、K先生は他の大学病院とも連携して、化学療法や放射線治療、末梢血幹細胞移植など、考えられる限りの治療をしてくださった。

当直の夜には病気や将来に対する不安で眠れない祐未子に明け方まで付き添い話を聞いてくれたこともあった。

学校が大好きで、学校を休みたがらない祐未子のために、本来、入院で行うような治療でも、体調が良い時は外来で対応するなど、いつも祐未子の気持ちを大切に考えてくれた。

祐未子はそんなK先生が大好きだった。

小児がんは長くて厳しい治療を強いられるため、家族はどうしても患児中心の生活になってしまい、ともすると患児の兄弟の心に暗い影を落とす。我が家にも少なからず、そんな雰囲気があった。

K先生はそうした状況を察し、祐未子だけでなく、兄弟や家族の生活のことも気にかけてくださった。特に兄弟の心のケアについては、親身になってきめの細かなアドバイスをしてくれた。

極めて多忙な中、患児だけでなく、その家族に対しても、こうした配慮を欠かさないK先生の医療者としての姿勢に今更ながら頭が下がる思いだ。

K先生やスタッフの皆さんの懸命の治療で祐未子は一時期、高校にも通うことができるようになり、つかの間の学校生活を楽しんだ。しかし、ほんの数ケ月後には、眩暈や胸の痛みなどの体調不良を訴え、詳しく検査をした結果、肺や胸骨、脳などに転移してしまっていることがわかった。私と妻は先生から呼ばれ、今までに強力な治療を行ってきたので、現時点では、もう治療方法がないこと、残された時間はあと1年あるかどうかであるということを告げられた。私たちはショックで途方にくれたが、K先生は残された時間が、祐未子にとって少しでも充実したものになるように全力でサポートしていきたいと言ってくれた。そして、治癒の見込みがなくなった後も脳の転移巣へのサイバーナイフによる放射線治療や進行を遅らせるための抗がん剤の投与、痛みのコントロールなど、祐未子のQOLの維持のためにできる限りの処置をしてくれた。

祐未子が修学旅行を何よりも楽しみにしていることを知ったK先生は、何とか参加させてあげたいと修学旅行期間に合わせた体調のコントロールに懸命に取り組んでくれた。学校側は病気の状態を心配していたが、K先生は、万一、旅行先で体調を崩した時には、学校の先生から現地の病院に渡してもらうよう、祐未子の状態や処置方法などを細かく記した手紙も書いてくれた。K先生のこうした配慮で当初は判断に困っていた学校も快く参加を認めてくれた。修学旅行に行けることがわかったときの祐未子のうれしそうな笑顔は今でも忘れることはできない。K先生のおかげで、祐未子は体調も崩さず、修学旅行を思い切り楽しんで帰ってきた。

私たちは、何とかこの状態がいつまでも続いてほしいと心から祈った。しかし、その願いはかなわず、祐未子の体力は徐々に失われていった。そして、修学旅行から8ケ月後、高校3年生の夏に祐未子の容態が急変した。

再び入院した祐未子は、最後まで希望を捨てずに頑張ったが、私たち家族とK先生に見守られる中、8月4日の朝、天国に旅立って行った。

あれから5年、K先生は毎年、娘の命日を忘れずにメールをくれる。天国の娘ともども、K先生をはじめ、お世話になった皆さんに心から感謝を申し上げたい。


(敬称略・学年などは2012年1月現在)

  • (注)入賞作品を無断で使用したり、転用したり、個人、家庭での読書以外の目的で複写することは法律で禁じられています。


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  • 主催
  • 日本医師会
  • 読売新聞社
  • 後援
  •  厚生労働省
  • 協賛
  • 東京海上日動 東京海上日動あんしん生命

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