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第28回 「心に残る医療」体験記コンクール 〜あなたの医療体験・介護体験を募集します〜

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第28回入賞作品

<一般の部> アフラック賞

「未来を読む先生」

三木 伸介(みき しんすけ)(30歳)大阪府吹田市・会社員

20歳の誕生日。

寮生活をしていた街の大きな病院で告げられた。

「うつ病」です。

その時のことを今でも鮮明に覚えている。付き添ってくれた級友と、海を見ながらほろほろ涙を流した。どうして僕が? うつ病って何だよ? やり場のない怒りと悲しみが交錯した。

それから厳しい闘病生活が始まった。手術で治るものでもなく、日にち薬だと告げられたが、当時、やっと掴(つか)んだ夢を叶(かな)えるために頑張っていた学校を退学することになり、実家に帰り、職を転々とし、交際していた女性とも付き合えなくなってしまった。

堕(お)ちるだけ堕ちてしまった僕は、何度も自殺を考えた。考えるということすらなく、ただ処方された薬を全部飲んでしまい、救急車で運ばれたり、自分のふがいなさから暴れてしまったり家族全員をどん底にひきずりこんでしまった。その悪循環は、何年も続き、病院を何度も変え、たくさんの先生に診察してもらうが、答えのない闇夜の迷路を歩いているようで何ひとつ解決していかなかった。焦れば焦るほどに深みにはまっていく自分がいた。

そんな時、母が知人から隣町のクリニックの評判を聞き、半ば強制的に僕を連れていった。

ログハウス風のクリニックで診察を受けた。先生は、ただ黙々と僕の話を聞いた。日々のこと、心の浮き沈みについていけなくて余計に疲れてしまうこと、生きていく自信がないこと、構成も何もない僕の言葉を聞いて、死にたいという言葉を否定することなくただ話を聞いてくださった。

そして同じように「うつ病」ですね、と診断した。「またか」という気持ちで話を聞いていた僕に、先生は、ひとつの言葉を下さった。
「嵐のような大きな波も、いつか穏やかな波に変わります。いつと断言をすることはできませんが、あなたの年齢から考えると30歳になるころには、小さな波に変わり、徐々に穏やかな海に戻りますから、安心してのんびり待っていなさい。大きな波と小さな波を繰り返し、そのうち穏やかな波に変わります。だから今は、生きていなさい」
何のことを言っているのか、当時の僕には、さっぱり理解できなかった。正直言うと、そんな先のことまで考えもしなかったし、明日のことすら分からないのに……と思っていた。

もう行かないと思っていたが、偶然なのか必然なのかは分からないけれど、クリニックの近所の喫茶店のチーズケーキが美味(おい)しくて、それに行けるということだけで、そのクリニックに通った。

2週間に1度診察を受けていたが、リラックスする呼吸法やマッサージなどを教わり、近頃の僕の生活を黙々と聞き処方箋(せん)を書いてくださる。その繰り返しが続いた。

何年か過ぎ、病状も改善しないまま、家を引っ越す都合で、クリニックにも通わなくなってしまった。

先生と最後にお会いしたのは、いつだったか忘れてしまったし、最後に話した言葉も今は思い出せない。たわいもない会話だったのかもしれない。

そして10年たった今、僕は、まもなく30歳になろうとしている。今も生きている。家族を持ち、ささやかな幸せの中を過ごしている。仕事も少しずつこなし、家族のために頑張る自分が、今ここに居る。日々の浮き沈みはあるが、波は小さくなりもう少しで凪(なぎ)になりそうだ。死にたいと思うことは、もうない。

風の便りで、先生は、病に倒れ還(かえ)らぬ人となってしまったと聞いた。先生に今の僕をお見せできないのがとても残念だが、先生に伝えたい。

あの時、先生に出会えて僕は、今生きています、と。
「嵐のような波も、いずれ穏やかな波になります。だから生きなさい」
あの時の言葉を僕は、これからの人生において生きる糧にしたいと思う。

もしも妻や子供たち、親友が、悩み苦しんだときは、未来を読む占い師のような先生の言葉をそのまま伝えるだろう。不思議な先生だったけれど、僕は、あの先生の優しい顔と温かい言葉を今も忘れない。


(敬称略・学年などは2010年1月現在)

  • (注)入賞作品を無断で使用したり、転用したり、個人、家庭での読書以外の目的で複写することは法律で禁じられています。


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  • 主催
  • 日本医師会
  • 読売新聞社
  • 後援
  •  厚生労働省
  • 協賛
  • 東京海上日動 東京海上日動あんしん生命

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