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第27回 「心に残る医療」体験記コンクール 〜あなたの医療体験・介護体験を募集します〜

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第27回入賞作品

<一般の部> 読売新聞社賞

「夫婦の宝物 二人の医師との出会い」

菅野 美佳(43歳)福島県福島市・介護士

私と夫は結婚して二十年。元気だけが取りえの普通の夫婦だった。二人の子供に恵まれ、これからも平凡な生活が続くと思っていた。だが昨年の秋、夫は仕事中に骨盤骨折の重傷を負い、危篤となってしまったのである。

搬送先の病院では治療は不可能と判断され、急きょF医大病院に転送された。そこで夫は命を救ってもらい、私たち夫婦にとって生涯忘れることのできない出会いを経験したのである。

診察の結果、骨盤骨折のほかに左大腿(だいたい)動脈損傷、膀胱(ぼうこう)破裂、大量出血と重篤な状態だと判明した。主治医となるT医師はじめ各科の医師から手術の内容や今後の見通しについて説明があった。救命の確率は良くて五分五分、左足は救命のために切断もやむを得ず、骨盤内の大量出血は有効な止血法は無いとの厳しい話だった。悲しみに暮れながらも、とにかくどんな姿になっても命だけは助けてほしいとお願いした。

手術中、T医師は一時間おきに手術室を飛び出し、家族控室に進捗(しんちょく)状況を説明に来てくれた。額に汗をびっしょりかき、患者の容体をこまめに伝えるその姿は、真摯(しんし)としか言いようのない誠実さにあふれていた。さっきまで暗闇に包まれていた私の心に、かすかな光が差してきたように感じた。見ず知らずの夫に対してたくさんの医師や看護師が必死に救命してくれている。夫の生命力だけでなくこの方々の仕事を信じて、かすかな光を見つめてみようと思った。

幸い足の切断は免れ、手術は終了した。 だが翌日再出血し、呼吸不全、肺水腫、腎不全を併発し、更に危険な状態に陥った。腹部は出血により異常に膨満し、体全体がみにくく膨らみ、変わり果てた姿になっていた。かすかな光を見つめると言いながらも、機器や点滴につながれ、かろうじて生きている夫に未来は感じられなかった。ベッドの窓越しに新婚時代に暮らしたアパートが見えた。私たちはあのアパートから始まり、このICUで終わるのだろうか。悲しみと悔しさが改めてこみ上げてきた。

血液透析により安定するかに見えたが、その後も再出血や敗血症で緊急手術を繰り返した。外科担当医のH医師に思わず、「もう駄目なのかな」とつぶやくと、「心配しないで。僕たちはあきらめが悪いですから」ときっぱり言い切った。彼は夫の急変の知らせに、足に通したGパンを脱いで飛んできたと言う。一日の勤務を終え疲れ切っているのに、休みも返上して対応してくれる。一番駄目なのは自分じゃないかと反省した。医師は妻以上に夫を信じている。必ず助けるという信念が彼らを突き動かしている。私の中のかすかな光は段々と明るさを増し、辺りを照らし始めていた。

T医師とH医師を中心に様々な治療が施され、夫は少しずつ快方に向かっていった。しかし鎮静剤で眠らされたままで、ただ手を握るだけの面会だった。そんな私にT医師は、「デスクワークぐらいはできるようにしてあげますから」と明るく励ましてくれた。命があるだけで奇跡なのに、「僕には壮大な夢があるんですよ」と社会復帰までの治療計画を打ち明けてくれた。本当にそんな日が来るのかと半信半疑で聞いていた。

六十八日間に及ぶICUでの治療を終えてからは、目に見えて回復していった。しかし膀胱は修復できず人工膀胱となり、足の神経も損傷していて歩行障害は避けられなかった。

二月にいよいよ転院の運びとなった。喜ぶべきことなのに、私はとても寂しかった。この五か月近く、T医師とH医師の言葉に希望を見いだし、涙を振り払って歩んできた。これからは二人だけで歩んでいかねばならない。H医師は、「戦友Kさんへ がんばりすぎの抑制薬として」とサインした本をプレゼントしてくれた。そう、戦っていたのだ、医師も。苦しかったのは私たちだけでなく、医師も一緒に苦しんでいたのだ。

退院の日、T医師は、「夕べはKさんと二人で酒を飲みたい気分でしたよ」と別れを惜しんでくれた。H医師は、「頑張らないで下さい」と声を掛けてくれた。二人の目には涙が光っていた。それは単純な喜びの涙ではなく、障害者となった夫の行く末を案じる涙だった。お世話になった医師たちと記念写真を撮り、握手を交わした。手のぬくもりが心に染みた。今日は救急科の医師全員で玄関まで見送りをしてくれると言う。かつて惨めな気持ちで一人往復した廊下を、夫と共に頼もしい医師たちに囲まれて歩んだ。救急車にはT医師が同乗し、ほかの医師たちは車が見えなくなるまで大きく手を振ってくれた。

救急の現場は本当に頑張っている。過酷な勤務に耐え、高度な知識と技術を要求される彼らに、社会はもっと光を当ててほしいと切に願う。事故に遭ったことは不幸だったが、冷静な頭と熱い心を持った二人の医師に出会えたことは、夫婦の一生の宝物だと思っている。初秋には夫と医師たちの大きな目標であった「社会復帰」をする予定である。


(敬称略・学年などは2009年1月現在)

  • (注)入賞作品を無断で使用したり、転用したり、個人、家庭での読書以外の目的で複写することは法律で禁じられています。


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  • 主催
  • 日本医師会
  • 読売新聞社
  • 後援
  •  厚生労働省
  • 協賛
  • 東京海上日動 東京海上日動あんしん生命

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