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第25回 「心に残る医療」体験記コンクール 〜あなたの医療体験・介護体験を募集します〜

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第25回入賞作品

<一般の部> 読売新聞社賞

「いつもここから」

北川 真紀(38歳)兵庫県相生市 主婦

毎朝、両足に装具を付け、ベビーカーに歩行器を積み、あわただしい幼稚園生活を送ることになったのは今年の四月からだ。一般の幼稚園でやっていけるのか不安いっぱいのスタートだったが、本人は親の心配をよそに、はじめは緊張もあったようだが、今では多くの友達ができ、のびのびと、たまには悪さをし、居残りで先生に注意を受けるほどのやんちゃぶり。体いっぱいに幼稚園生活を楽しんでいる。こうして地域の幼稚園に行くことを決心したのは、多くの方々との大切な出会いがあったからだ。その中でも二か月お世話になった看護師さんたちとの出会い。

雄一朗は予定より六日早く元気な泣き声をあげ生まれてきた。「生まれた!」。でも顔は見せてもらえない。私の記憶にあるのは病室に移されてから看護師さんに「ありがとう」と握手をしたことだけ。生まれた喜び、疲れ、痛み、ごちゃ混ぜで眠ってしまった。次に目覚めたとき主人から「大きい病院に移すから」とだけ聞かされる。

雄一朗という名前は『男の子らしく、朗らかに大きな心で育ってほしい』と願いを込め決めた。入院中の私に聞かされる雄一朗の様子は、日々の記憶がなくなってしまうくらい、つらく悲しいものばかりだった。でも心のどこかで、私の産む子は障害を持っているだろうと何となく思っていたところがある。

雄一朗は重度の障害があった。後々わかってきたことだが、アントレービクスラー症候群という、世界で十数例ほどしか報告されていない骨奇形のとても珍しい障害だということ。雄一朗はひじ関節がなく、大腿部もない。この先どうなっていくのだろう。顔も見ていない子なのに、私は育てていけないと思った。

私の退院後にその足で雄一朗が入院している病院へ向かった。ドアを開けると、私たちを出迎えてくれているかのように、声を振り絞り大泣きする赤ちゃんの声。やっぱり雄一朗。ICUの入り口から中に進むことができず、廊下に立ちつくす。体が震える。我が子に会う感激、喜びはなく、何とも言いようのない怖さから涙があふれ出てくる。雄一朗に近づくことのできない私を見て、白い肌着を着てコットの中に入っている雄一朗を、そっと私の近くに連れてきてくださった。その雄一朗に顔を近づけることも、触れることもできず、その場に立っているのがやっとで、泣くことしかできなかったことを覚えている。「雄一朗君は寝返りや座るということよりも、まず首が据わるかどうか。耳も聞こえていない可能性が」。次々に私の前に突きつけられる現実を受け止めることができない。雄一朗に障害があると告げられてから、幾度となく雄一朗と二人消えて無くなってしまいたいという思いが膨らんでは小さくなるということを繰り返す。

面会に行くたびに、いつもそっとそばに付き添ってくださる看護師さん。雄一朗のふとした表情に「やぁかわいい」と。「えー?」と思いながらも、「ちょっとかわいかったなぁ」とつられてほほえんでしまう。魔法みたいだけどその言葉にどれほど心が和らいでいったか。何とも耳に心地よく響き、すーっと体の中に入ってくる。自分が褒められているかのようにじわーっとうれしさがこみ上げてくる。

子育て若葉マークの私に、子供の抱き方・ほ乳瓶でのミルクの与え方・入浴のさせ方・オムツの替え方、普通は必要のないカテーテル挿入の仕方・足のリハビリ・鼻からのミルク注入の仕方など自宅に帰っても自信を持ち子育てできるよう無理のない、負担にならない程度に、繰り返し熱心に指導してくださった。家に帰って心配なことがあれば昼夜を問わず連絡をしてくるようにとも言ってもらった。この時期、自宅に帰ってもやっていけるという自信が少し芽生えてきていた。

また、二歳年上の障害を持って生まれてきた男の子とその母親に会う機会をセッティングしてくださった。この出会いは私の気持ちを大きく変えた。会って驚いたのは、男の子の笑顔がすてきだったこと。そしてベビーカーを押しているお母さんの飾らない表情。子供の表情は親を映しているのだと思った。目の前が明るく開けていった。ここが私の出発点だ。

多くの方々との出会いがあったから、問題にぶつかり考えながらも何か大切なものをつかみながら乗り越えられてきたのだと思う。

一人の看護師さんが「子供は愛されるために生まれてくる。一生懸命に生きようとしている命を親として共に生きることが大切なのでは・・・・」と話された。これから多くのつらく悲しいこと、問題は多々出てくるだろうけれど持ち前の明るさで乗り越えてほしい。でも、一人で抱え込まず教えてほしい。一緒におもいっきり泣いて、そして笑顔でゆっくりと、雄一朗のペースで前に進んでいこう。

共に生きていこう。


(敬称略・学年などは2007年1月現在)

  • (注)入賞作品を無断で使用したり、転用したり、個人、家庭での読書以外の目的で複写することは法律で禁じられています。


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  • 主催
  • 日本医師会
  • 読売新聞社
  • 後援
  •  厚生労働省
  • 協賛
  • 東京海上日動 東京海上日動あんしん生命

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