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第24回 「心に残る医療」体験記コンクール 〜あなたの医療体験・介護体験を募集します〜

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第24回入賞作品

<一般の部> 読売新聞社賞

「お茶の水博士」

高橋 美樹(36歳)北海道札幌市 アルバイト

お茶の水博士に良く似た先生は、診察室についてきた母に向かって「あなたは答えなくていい、お子さんに聞いているんだ」とぴしゃりと言い放った。この日、三か月近くあちこちの病院をたらい回しにされて来た私は、自分の病気がバセドウ氏病であることを初めて知らされたのだった。

今から二十年以上も前のこと、当時、甲状腺疾患といえば主に更年期を過ぎた女性がかかる病気とされていた。そのせいか中学一年の私がバセドウ氏病特有の症状を訴えていても、どの医師も皆「思春期からくる自律神経失調症」で片付けようとする。処方される薬を幾ら飲んでも、私の立ちくらみや微熱、喉の腫れや指の震えが治まることはなかった。病院を二軒、三軒とかえる間には「病気が治らないのは本人のせい」と叱りつけてくる医師さえいた。私を庇おうとする母親は、医師に対する態度を徐々に硬化させていく。街の中心部にある総合病院を訪ねた頃には、私たち親子は身構えがちな嫌な患者になっていたのではないだろうか。

「お母さんに言ってもらうんじゃなく、お前さん、ちゃんと自分の言葉で何処がどう悪いのか喋らなきゃ駄目だ」

整形外科から外科、放射線科、小児科。検査疲れで不貞腐れていた私の目の奥を、そのお茶の水博士は確かめるようにしてじっと覗き込んだ。

即入院と決まった私は、以降二年間を小児科病棟の主として過ごす。退院をしても通院をしなければならない。休んでばかりの私がたまに学校へ出席したところで、居場所などはある筈がなかった。机は墨汁で真っ黒に塗り潰され、上靴はごみ箱に捨てられている。学校に嫌気がさした私は中学生としての本来の姿を捨ててしまった。主治医となっていたお茶の水博士は「行かなきゃ駄目だろう」とは言っても、不登校を叱ることはなかった。

お茶の水博士はその頃、まだ四十代後半だったが子供の私には随分歳をとっているように見えた。一八〇センチはある長身を屈めながら、患者の目をじっと覗き込んで話しかける。午前中ならば、お茶の水博士は大抵小児病棟の乳幼児室にいた。小さい子供を膝に乗せ、明るい陽射しの中で童謡を歌ってあやしている。先生、と声を掛けると、照れ笑いを浮かべながら「おう、お前さんもこっちに来てゾウさんを歌いなさい」と手招きをした。

クリスマスにはサンタクロースの扮装をして患者にプレゼントを渡して歩く。年末にさえ一時退院の出来ない子供たちにとって、お茶の水博士は正にサンタクロースだった。

他の医師たちが別の科へ異動したり、病院をかわっていってしまっても、お茶の水博士だけは小児科を動かなかった。

「先生は名誉とか肩書きが嫌いだから、出世コースを蹴っちゃったのよ」

古くからいる事務の女性は「勿体ないよねえ」と言いながら、どこか誇らしげな表情でお茶の水博士の背中を眺めていた。


十八歳になった私は小児科を卒業し、同じ病院内の内科に通いはじめた。症状も落ち着き通院の間隔も遠くなってきたある時、顔を出した小児科外来でお茶の水博士が体を壊して入院しているという噂を耳にした。事務の女性や看護士に訪ねても答えてくれない。医師が病気で入院しているとなれば、患者への聞こえが悪いからだろうか。

五年も通い詰めた私に、知らない場所はない。病院は庭のようなものだ。此処だと当たりをつけた個室に忍び込むと、お茶の水博士はこけた頬を両手で隠しながら「ばれたか」と言って笑った。腎臓の治療のために入院したという。

「食堂に雑誌が置いてあるだろ、初めて読んだがマンガも面白いもんだな」

心配顔の私を気づかったお茶の水博士は、身振り手振りを交えながら明るく話した。

翌週、面白いと言っていたマンガの単行本を買い求め病室に向かった。初めてのアルバイト代で買ったと話すと、お茶の水博士は「お前さんもそんな年になったか」と笑ながら大きな掌で頭を撫でてくれる。次に見舞いに行くと、お茶の水博士は「面白いから読んでみろ」と言ってマンガを返してよこした。

「あとな、これは気持ちだからとっとけ」

お茶の水博士は千円札を三枚、私の手に握らせた。断ろうとすると、目の奥をじっと覗き込みながら「ありがとう」と小さな声でそう言った。


最初に叱られた日から二十三年が経った。今だからこそ思う、お茶の水博士に診てもらったのは病気だけではない。私の主治医は医師という枠を越えた、もう一人の父親であった。お茶の水博士の広い大きな背中を、私は今も時折懐かしく思い出すのだ。


(敬称略・学年などは2006年1月現在)

  • (注)入賞作品を無断で使用したり、転用したり、個人、家庭での読書以外の目的で複写することは法律で禁じられています。


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  • 主催
  • 日本医師会
  • 読売新聞社
  • 後援
  •  厚生労働省
  • 協賛
  • 東京海上日動 東京海上日動あんしん生命

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