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展示内容
主な作品と解説
国宝 天台法華宗年分縁起 てんだいほっけしゅうねんぶんえんぎ
天台法華宗年分縁起
伝教大師筆 平安時代・9世紀 滋賀・延暦寺蔵

天台開創の歴史を語る最澄直筆の文書
延暦25年(806)から弘仁9年(818)にかけての文書六通を、最澄が自ら書写したもの。天台法華宗に正式な僧侶である年分度者(ねんぶんどしゃ)二人を認めてもらうよう上表した文書、それを許可した太政官符、年分度者の歴名、比叡山に戒壇設立を申請した文書、加えて天台法華宗の学生が守るべき項目を六か条にまとめたものが収められており、日本天台宗開創までの経過を知ることができる。最澄の筆跡を知るとともに天台宗の歴史を物語る極めて重要な遺品である。

重要文化財 聖観音菩薩立像 しょうかんのんぼさつりゅうぞう
聖観音菩薩立像
撮影:金井杜道(Kanai, MORIO)
平安時代・12世紀 滋賀・延暦寺

信長の焼き討ちから奇跡的に救出された平安中期彫刻の名品
比叡山の奥深くに位置する聖地「横川」(よかわ)の中心となるお堂の本尊。信長の焼き討ちや落雷による火災で中堂は消失したが(現在の横川中堂は1971年に再建)、本尊は奇跡的に救い出された。蓮華を片手に少し腰をくねった姿は美しく、表情は慈愛に満ちている。平安後期の彫刻の名品のひとつとして知られる。

重要文化財 薬師如来及両脇侍立像  やくしにょらい および りょうきょうじりゅうぞう
薬師如来及両脇侍立像
平安時代・12世紀 滋賀・延暦寺平安時代・10世紀(中尊)、12世紀(脇侍)東京・寛永寺蔵

上野・寛永寺の秘仏本尊、寺外初公開
延暦寺の根本中堂を模して元禄11年(1698)に建立された、寛永寺根本中堂の秘仏本尊像。中尊は滋賀の石津寺から迎えられた。肩が角張って 輪郭線が直線的な体部と、それに対応するように四角い頭部はたいへん個性的である。すこし鄙びた表現にみえるが、それがかえって最澄自刻という伝承の真実味を増す。台座の蓮肉を含め一材から彫出する構造、鎬のある襞と丸みのある襞を交える翻波式衣文と呼ばれる表現は、平安時代前期の特徴。しかし、圧倒的な重量感が見られず、肉身や衣文に均整が見られることから、10世紀になってから造られたと考えられている。脇侍の日光・月光菩薩像は、慈覚大師創建という山形の立石寺から、中尊と同時期に移されたもの。

国宝 金銅宝相華唐草文経箱 こんどうほうそうげからくさもんきょうばこ
金銅宝相華唐草文経箱
平安時代・長元4年(1031)滋賀・延暦寺蔵

上東門院彰子ゆかりの経箱。平安時代金工の最高傑作
長元4年(1031)、叡山の僧覚超は円仁がかつて書写した如法経を銅筒に納めなおし、横川の如法堂に埋納した。その際、藤原道長の娘、上東門院彰子もこれに結縁して自ら書写した法華経を埋納している。この経箱はその彰子書写の法華経を容れていたもの。銅製鍛造で、隅丸長方形をした箱である。全面 に宝相華唐草文が蹴彫りされ、全体に金メッキ、間地や床脚の格狭間には銀メッキを施した美麗な金銀の色彩対比が見事である。印籠蓋造りの蓋と身を簡単には開けられないように指金で留める仕様は、経巻が長く保護されることを願った、一条天皇中宮の上東門院の信仰の深さを表しているかのようだ。平安時代の金工品を代表する優品の一つ。

重要文化財 金剛界八十一尊曼荼羅図 こんごうかいはちじゅういっそんまんだらず
金剛界八十一尊曼荼羅図
鎌倉時代・13世紀 東京・根津美術館蔵

唐風を色濃く残した、鎌倉時代の名作
天台密教を特徴づける曼荼羅図。第 代座主・円仁が請来して以来、主に天台密教(台密)で用いられている。根津美術館本は、唐風を伝える端整で力強い像容や濃密で鮮やかな彩色が印象的な、八十一尊曼荼羅の最も古い作例である。